東南アジア、南米の熱帯雨林植物。珍奇植物の自生地で暮らすありのままの魅力をプロが解説

あゝ、いつかはあの自生地へ!植物愛好家なら、訪れてみたい植物の聖地が一つはあるはずだ。そこでは、馴染みの植物たちも、栽培下とは一味違うたくましい姿で佇んでおり、栽培の最高の手本となる。そんな憧れのフィールドへと足繁く通っている4人のスペシャリストに、自生地の魅力を案内してもらった。

Photo&text: Keisuke Hase / Edit: Shogo Kawabata

Into The Wilderness

地球上の植物の4分の3は、熱帯地域に分布している。実はしっかりとした調査が行われていないエリアが多いジャングルは“植物の宝庫”ともいわれており、まだ見つかっていない植物も含めれば、その割合はさらに上がるだろう。こうしたまだ手つかずのジャングルの植物たちを体系化しようとしているのがプラントハンターの長谷圭祐さん。

これまでは、熱帯雨林の植物といえば、蘭のように観賞価値のある花がつくものだけが注目され、そのほかの植物はほとんど見過ごされてきた。しかし、長谷さんのようなジャングルをメインフィールドとする次世代が現れたことで、見たこともないユニークな植物が次々と発見されている。今、最も未知との遭遇にあふれている、刺激的なジャンルだ。

まだまだ見たこともない植物たちが数多く眠ると言われる“植物の宝庫”へ。

僕の専門は熱帯雨林に自生する小型の植物たち。それらと出会うには、やはり鬱蒼と生い茂ったジャングルに足を踏み入れなければならない。グネグネと複雑に絡み合った木々、数え切れないほどの着生植物を身に纏った巨木に、多種多様な草本が生い茂る林床。

そこかしこにつる性の植物が跋扈し、藪を搔き分けて進もうとすれば鋭いトゲが肌に食い込む。湿度が高く、樹冠が日を遮ってもなおじっとりと暑い。草いきれ、腐葉土に近い落ち葉の匂い、どこかで発酵しているフルーツの匂いが微かに漂ってくる。

突然、滝壺に放り込まれたかのような強烈な雨が降り、かと思えば、降り始めたのと同じくらい唐突に止む。常に蚊とメマトイに付きまとわれ、足元からはヒルやアリが襲ってくる。熱帯雨林は概ねそんなところだ(もちろん、場所や標高によってその様相は様々で、これはあくまでもイメージに過ぎないけれど)。

これを読んで、行きたい!と思った人はあまりいないだろう。僕自身は何か特別なきっかけがあって熱帯雨林を訪れるようになったわけではない。

小学生の頃には塾をサボって近所の川や山で遊んでいたのが、自由な時間が増えて遠くまで足を運べるようになっただけだ。場所がどこであれ、自生地はありとあらゆる発見と感動に満ちている。新種や未記載種はもちろん、たとえ普及種であっても、栽培下では単体として切り離されているものを、気候や地形、他の動植物との連続性が保たれた状態で観察できるのだから当然だ。

流通品にはない形質を持つ個体があるかもしれないし、予想外の生態を見ることができるかもしれない。ポリネーターは何なのか?種子散布の方法は?そんなことを考えているともう居ても立っても居られなくなる。だから行くのである。

僕が初めてインドネシアのカリマンタン島を訪れたのは大学生の時。2011年11月のことだ。
そのとき僕は、面積が日本の2倍近くもあるこの島の、内陸へ向かって果てしなく続く未舗装の凸凹道を、描写するのも煩わしいあの乗り合いバンに押し込められて10時間ほど揺られたあと、さらに赤土と泥と雨でグチャグチャになった脇道をバイクで数時間進んだあたりの山深い渓流にいて、もちろん植物を探していた。

時刻は15時前。朝から断続的に雨が降っていたし、鬱蒼としたジャングルの中は暗くなるのも早い。
帰りの時間を考えるとこれが今日最後のアタックになるだろう。渓流脇の濡れた岩盤を慎重に這って、右岸に広がる傾斜のついたジャングルへ入った。まだ雨期になったばかりだというのに、左手のすぐ下方を流れる川は増水し、茶色い濁流となって轟々と音を立てている。

日が差していないことを差し引いても薄暗い林床で、ポツポツと生えるアグラオネマ ニチドゥムなどを観察しながら足を進めていく。

ふと、ギラリと光る見慣れない葉を視界の端に捉えた。心拍数が跳ね上がる。自分が危なっかしい斜面にいることも忘れ駆け寄ると、サトイモ科の一種のようだ。思わず声が出た。

メタリックに光る黒い葉に、赤銅色の新芽。紅紫色に染まる葉裏。葉柄の翼は赤く、ウネウネと波打っている。スキスマトグロッティス属に似るが、こんな葉のものは今まで見たことがない。さらによく見ると、葉柄上から子株を発生させているのも確認できる。花を観察するまでもなく、明らかに新種だ。

熱帯雨林の植物はまだまだ分類が進んでおらず、新種や未記載種自体はさほど珍しくもない。しかし、これほど特徴的でカッコイイ種となると話は別である。震える手を押さえながら必死でシャッターを切ったが、雨が降る薄暗い林床という最悪のコンディションで、残念ながらまともな写真は撮れなかった。掲載写真は翌年再訪した時のもの。

結局、この種は今も未記載のままだけれど、薄暗いジャングルでこれが目の前に現れた時の驚きと感動は強く僕の心に刻み込まれている。

東南アジア 地図

【Travel Notes】
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島北西部のマレーシアおよびブルネイ領はボルネオ島、南東に広がるインドネシア領はカリマンタン島と呼び分けられる。東南アジアの独立峰としては最高のキナバル山(4,095m)を有す。