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あなたは、何と言って死にますか?渥美清、松田優作、寺山修司らが最後に残した言葉

どんな人間にも等しく訪れる“死”。その瞬間を迎えるときの言葉について考えることは、自分がどう生きるかを考えることと同義だ。深く心に沁みる言葉で最期を締めくくった人、温かい言葉で弔われた人。その言葉が美しいのは、彼らの生き様が美しかったからに違いない。「美しい哀悼編」はこちら

初出:BRUTUS No.673美しい言葉』(2009年1015日発売)



illustration: Udagawashinbun / text: Toshiya Muraoka

あなたは、何と言って死にますか?

自分が死ぬときのことを想像してほしい。そのとき、あなたは何と言うだろう?先人たちは、数々の印象深い言葉を残している。ゲバラやヘップバーンのように、培った哲学や教えを伝える者、あるいは越路吹雪のように、人生を振り返って、よき人生だったと納得し、感謝する者、大宅壮一のように残った本能のエネルギーを振り絞る者……。

チェ・ゲバラ

この手紙を読まねばならないとき、お父さんはそばにいられないでしょう。
世界のどこかで誰かが不正な目にあっているとき、いたみを感じることができるようになりなさい。
これが革命家において、最も美しい資質です。

子供たちよ、いつまでもお前たちに会いたいと思っている。
だが今は、大きなキスを送り、抱きしめよう。

お父さんより

リヴァー・フェニックス

死体置き場の中の一番カッコいい死体でありたい。

松田優作

たとえ肉体が死んだとしても魂というものは絶対に無くならないんだ

赤塚不二夫

アッ、おっぱいだ。

大宅壮一

おい、だっこしてくれ

寺山修司

私の墓は、私の言葉であれば、充分。

筑紫哲也

私たちが何をするのか?どうするのか?
私の場合で言いますと、病と闘っているわけですが、敵はなかなかしぶといです。ですからこの国の問題だって、問題ははっきりしている。ある意味では単純である。

だからやれることは簡単かというとそうではありません。しかし、問題がここにあるんだということはまずはっきりしないと、何事もはじまらない。その上でそれに向かって戦うのか、それに負けるのか、そこが私たちに迫られている選択肢であろうと思います。

若山牧水

酒ほしさまぎらはすとて庭に出でつ
庭草をぬくこの庭草を

越路吹雪

いっぱい恋をしたし、
おいしいものも食べたし、
歌も唄ったし、
もういいわ

オードリー・ヘップバーン

美しい唇のためには、親切な言葉を話すこと。
美しい目のためには、他人の美点を探すこと。
スリムな体型のためには、おなかを空かした人に食物を分けてやること。
美しい髪のためには、一日に一度子供の指で梳いてもらうこと。
バランスのためには、決して自分一人で歩くことはないと知って歩くこと…

人間は、物以上に、修復され、更新され、生きかえらされ、
再利用され、改善されなければならない…
何人をも決して見捨ててはならない。
助けてくれる手が必要ならば、自分の腕の先にその手があることを忘れるな。
年をとれば、きみは二本の手を持っていることに気づくだろう。
自分自身を助ける手と、他人を助ける手と。

緒形拳

お前身体大事にしろよ!
良い映画沢山創ってくれよな!
治ったら、うなぎ喰いに行こうな、
白焼きをな。

渥美清

最期は家族だけで看取ること。
世間には、荼毘に付したあと、知らせること。

ナガタカズミ海軍大佐

君は優しすぎる。
父親を亡くした息子たちのよい相談相手になってやり、彼らを強く、廉直な日本人に育ててくれ。

日航機墜落事故の犠牲者

ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だった と感謝している。

アメリカ同時多発テロの犠牲者

ハイ、ジューリー。ブライアンだ。
今飛行機の中だが、ハイジャックされたんだ。
事態は思わしくない。
できればおまえともう一度話したいが、もしダメだったら、おまえは今後はできるだけ楽しく自分の人生を生きなさい。

愛してるよ、いつの日か再会することになってもね。

マハトマ・ガンジー

私自身を無に帰せしめなければならない。
人は、自由意志から、自分を同胞の最後の列に置くようにならないかぎり、救いはない。
非殺生は、謙譲の極限である。

彼らの言葉が美しいのは、それぞれが独自の美学に基づいた確固たる人生を歩んだからだ。「バカ」を追求し続けた赤塚不二夫だからこそ、生前の最後の言葉が「おっぱい」で構わない。むしろ「おっぱい」が崇高な言葉として響くではないか。「バカ」こそが、赤塚不二夫が生涯追い求めた美学だった。

あと数分で自分の命が失われてしまうような鬼気迫った状態を。飛行機事故で、あるいは戦闘機が飛び交う戦地で。その時を待つ数分の間に、あなたは何を遺せるだろう。震える手で、恐怖と闘いながら、何を書き残すことができるだろうか。旋回しながら急降下する機中で、「本当に今迄は 幸せな人生だった と感謝している」と書くことのできたすごさ。想像を絶する「死」の際の言葉に、その人生が集約されたのかもしれない。

何と言って死ぬか、何と言われて葬られるか。誰にも必ず訪れる“死”の際の言葉について考えることは、自分がどう生きるかを考えることと同義だ。深く心に沁みる言葉で最期を締めくくった人、温かい言葉で弔われた人。その言葉が美しいのは、彼らの生き様が美しかったからに違いない。