この数年、実は全国で新たな“独立書店”が続々誕生している。その数、2021〜22年で130店以上。これは本屋ライターで書店主でもある和氣正幸さんが集計し、自身のHPで公開する「独立書店開業リスト」の数字だ。
ここで言う「独立書店」とは、ブックコーディネーター・内沼晋太郎さんが著書『本の逆襲』で用いた「広義の本屋」という呼称がベース。公共図書館を除き、新刊書店や古書店、ブックカフェなど、本を売り、本に関わる場所はすべて本屋として含めた言葉だ。
多くの書店を訪れながら、その店主たちと交流し、自身でも独立書店を営む本屋ライター・和氣正幸とブックコーディネーター・内沼晋太郎。今回はこの2人に、2021年以降にオープンした新店を10店ずつ挙げてもらいつつ、その潮流や面白さについて語り合ってもらった。
和氣正幸
「独立書店開業リスト」は2021年から公開を始めました。僕が知り得る限りのニューオープン情報を掲載しています。
内沼晋太郎
こうしてまとめて見られるとまた面白いですね。今「独立書店」と呼ばれるものを明確に定義するのは難しいですが、特徴としては、大手資本でなく、規模が比較的小さいことや、既存の出版流通システムへの依存度が相対的に低いことが挙げられると思います。結果として、一冊一冊の本を志を持って選び、棚を作っている“人”が見えやすいのが、独立書店だと思います。
和氣
それゆえに各書店がそれぞれに見どころのある、面白い場所になっているということですよね。
内沼
本の流通について語り始めると長くなるので割愛しますが(笑)、ともかく旧来の仕組みとその規模がこのままでは時代に合わなくなってしまう。そんな中で数が増えている独立書店は、社会的にも注目されていると感じます。最近では、そこそこ大きな出版社の方からも「独立書店で本を置いてもらうにはどうしたらいいか?」といった質問を受けるようになったり、こうして雑誌や新聞で取り上げてもらったり。学生が課題や卒論のためにリサーチに来てくれることも増えてきましたね。
和氣
僕も声をかけてもらうことがあります。研究対象として捉えられているのは不思議な感覚です。そうは言っても、この数年は移動が制限された時期もあったりしたので、実際にお店に足を運べていない部分もあります。
内沼
僕も知っているお店は多いけれど、正直あまり行けてないです。ただ、それを立ち上げた“人”のことは知っていたりする。コロナ禍の始まりが、自分の経営する〈本屋 B&B〉の移転とも重なっていたので、自分たちの足元を立て直すことで精いっぱいで。少し言い訳がましいですけど……和氣さんもそうですよね。
オンラインにデジタル化。コロナ禍当時に考えたこと
和氣
内沼さんは2020年4月に下北沢の商業施設〈ボーナストラック〉へ、僕は夏にやはり下北沢の雑居ビルの3階へ移転しました。僕の場合は、移転に伴って本を置けるスペースが格段に広くなったので、コロナうんぬん以前にお店作りに追われていた記憶が強く残っています。当時はいかがでしたか?
内沼
もう大変でした……。トークイベントもビール提供もダメとなると、翼をもがれたような感覚でしたね。まずはとにかくオンラインでイベントをやろうと、自前の機材を持ち出して、チケットの販売方法を考えて。日々試行錯誤でした。
和氣
イベントをオンラインでやる、というのは〈B&B〉がいち早く取り組んでいましたね。
内沼
当時はZoomすらほぼ知られていないような状況で、出演者の負荷も大きく、何を進めるにも大変でした。移転してすぐに緊急事態宣言が出て、本もオンラインで売るしかないわけですが、そもそも宅配便も人の接触を伴うので、送ってよいのかとか、わからないことだらけで。それで、電子書籍になっていないPDFを「デジタルリトルプレス」と呼んで販売することを始めたりしました。
一番売れたのは、翻訳家の柴田元幸さんにいただいた生原稿をスキャンしたものでしたね。同じ時期に〈本屋lighthouse〉が雑誌『灯台より』を創刊して、PDF版を売られていたことを覚えています。店主の関口竜平さんは翌年幕張にお店をオープンしましたね。
和氣
内沼さんは並行して全国の書店・古書店を支援するクラウドファンディング〈ブックストア・エイド〉の運営事務局の一人としても活動されてましたよね……。超多忙な日々が目に浮かびます。でもそんな厳しい時期ではあったものの、新しい独立書店は増えているんですよね。
近年増加している、“棚貸しする本屋”って?
内沼
和氣さんのお店のように、棚を提供してその方に本を自由に並べてもらう“棚貸し”という形も近年よく見るようになりましたね。僕が知る限りでは、2007年まで高円寺で営業していた古本屋〈ハートランド〉や、〈SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS〉が08年にオープンした当初は、一部“棚貸し”をやっていたと思います。その後も何軒かあったとは思いますが、ここ最近の盛り上がりはすごいですね。
和氣
おっしゃる通り、近年まとめて増えつつあるように思います。コロナ前ですが、18年に僕がお店を始めて、19年には吉祥寺に〈ブックマンション〉、21年には渋谷ヒカリエ8階に〈渋谷◯◯書店〉、去年は神保町に仏文学者の鹿島茂さんがプロデュースする〈PASSAGE by ALL REVIEWS〉がオープンしました。
内沼
基本的には棚の借り主が本を持ち込んで並べるんですよね?
和氣
〈渋谷◯◯書店〉の場合はまさにそうです。僕のお店や〈PASSAGE by ALL REVIEWS〉では仕入れの代行もしています。つまり借り主が持ってない本でも並べることができるし、売れたら同じものを補充することもできるというわけです。
内沼
和氣さんのお店に加え、挙げていただいた3店はどこも棚貸しがメインですよね。一方で、大半の棚を店主が選書しつつ一部を棚貸ししているお店もある。粗利が低い書店という業態にとっては金銭的に助けられる部分も大きそうですね。
和氣
それはこの業態が増えてきた理由の一つだと思います。ただ実際にやっていると、金銭的のみならず精神的に助けられているなあ、と感じることも少なくありません。借り主はお客さんであると同時に、一緒にお店を作る仲間でもある。一人で行き詰まっても他者の視点が交わることで、大袈裟でなく救われることもあるんです。
内沼
一人で営業している書店にとっては得難いつながりですね。こういう話を聞くと、棚貸しというスタイルは今後ますます当たり前になっていく気がします。
脈々と引き継がれる、書店員から店主への流れ
和氣
ユニークな活動をしてきた名物書店員の方々による新店舗も増えています。2022年8には移動式本屋〈BOOK TRUCK〉などで知られる三田修平さんが、横浜の若葉台団地内で〈BOOK STAND 若葉台〉をスタートしました。家族が多い場所で、いわゆる町の本屋さんのようにオールジャンルで揃えるお店です。
内沼
三田さんは南青山にあった〈CIBONE Aoyama〉の書籍担当、〈SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS〉の初代店長も務めた人ですね。
和氣
次いで9月には花田菜々子さんらが高円寺に〈蟹ブックス〉をオープン。『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』などの著書で知っている人も少なくないでしょう。日暮里の〈パン屋の本屋〉や今はなき〈HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE〉でも、初代店長として立ち上げから関わってきた仕事人でもあります。
さらに2023年3月には不動前に〈フラヌール書店〉ができたばかり。〈あゆみBOOKS 小石川店〉〈Pebbles Books〉などを経て、フリーランス書店員として多くの書店の棚作りに携わってきた久禮亮太さんのお店です。什器作りがお上手で、僕もその技を教えてもらおうとオープン準備のさなかに伺いました(笑)。僕にとっては先輩としてずっと注目してきたお三方が一挙に動き始めた形で、とてもワクワクしています。
内沼
僕にとっても、みなリスペクトしている存在です。〈恵文社一乗寺店〉を経て15年に京都河原町丸太町で〈誠光社〉を始めた堀部篤史さんや、〈リブロ〉を経て16年に荻窪で〈Title〉を始めた辻山良雄さんなど、書店員として経験を積んだ方が自分の書店を開く流れが続いていることも、いち本屋好きとしてワクワクするポイントです。
先人がいることで、きっと今書店で働いている人の中にも「自分が次に続くことができるかもしれない」と思う人が出てきますよね。著書を通じて開業に至るプロセスが公開されていたりもしますし、わからないことがあれば訪ねて直接聞くこともできる。資金が足りなければ借りればいい。もちろん実際にやるのは簡単なことではないですけど、独立の可能性が開けているのは業界にとって前向きなことだなと思います。
和氣
それこそ〈B&B〉出身の方のお店も増えてますよね。例えば、清政光博さんが広島市に〈READAN DEAT〉をオープンしたのは14年でした。
内沼
近年だと出版社エトセトラブックスが始めた、フェミニズム関連書が充実する新代田の〈エトセトラブックスBOOKSHOP〉で店長を務める寺島さやかさんや、長野県上田市で本、インテリア、作家ものを扱う〈面影 book&craft〉で選書をしている岩井友美さんは、かつて〈B&B〉で働いていました。
オンラインですが21年にスタートした〈COTOGOTOBOOKS〉を主宰する木村綾子さんもその一人。月10点ほどの本を、作家と一緒に企画したグッズやイベントと合わせて販売しています。
和氣
下北沢から続々飛び立ってますね。