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本に関わるプロフェッショナル2人が考える仕事術とは?書店員・三砂慶明×校正者・牟田都子

一冊の本が作られ、読者に届くまでの間に、さまざまな人の手を介している。その現場で働いている2人が、今夏、それぞれ新刊を発売した。原稿の語句や文法から事実関係までもチェックするフリーランスの校正者・牟田都子さんと、〈読書室〉を主宰し、〈梅田 蔦屋書店〉で働く書店員の三砂慶明さんだ。それぞれの本をベースに、普段の仕事内容から読書の魅力まで語り合ってもらった。

text: Ryota Mukai

本屋のよさを因数分解

三砂慶明

文章やSNSを通して、牟田さんの活躍を拝見してきました。近い時期に新刊が発売するということで、こうして話すことができて嬉しいです。

牟田都子

しっかりお話しするのは初めてですね。三砂さんの新刊には、鳥取の〈定有堂書店〉や荻窪〈Title〉など、個人的に馴染みがある書店の方も登場していて面白かったです。

三砂

『本屋という仕事』というタイトル通り、全国の17名の書店員の方々に本屋の仕事について語っていただきました。編集のヒントになったのは、西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』。

西村さんが「仕事」を「自分の仕事」にするためには何が必要かを知るために「いい仕事」の現場を訪ねた仕事本のバイブルです。大好きな本の一つで、私も同じように、本屋の「いい仕事」を因数分解できればと思ったんです。

牟田

書店員と一口に言っても、お店の立地や規模、お客さんの好みは多様で、仕事はさまざまですもんね。本屋であることは変わらないけれど、置いてあるものはずっと変わり続けているという意味で、福岡伸一さんのいう「動的平衡」のような魅力がある場所だと思っています。

三砂

本作りにも本屋の仕事の経験を生かしました。書店員による本屋についての本を楽しみにしてくれる人はどんな人だろうか?と問いを立てて、自分なりに調べてみるんです。

またその人はどんな本が好きかも考えてみる。そうした過程を通して、書体や行間のサイズ、装丁も含めて試行錯誤しました。

牟田

日々具体的なお客さんと接し続けている、書店員ならではの本作りですね。

読書の静けさのために

三砂

私は牟田さんの著書『文にあたる』を拝読して、初めて校正の仕事の奥深さに触れることができました。これまで校正とは文章の「正解を作る」仕事だと思っていたけれど、むしろ正解と間違いを線引きせず、その間でずっと悩んでいますよね。

牟田

一つの語法をとってもいろいろな辞書を参照します。仮に、書いてある語法が掲載されていなくても、それはまだ載っていないだけかもしれませんよね。間違っていていいわけではないけれど、決め切るのは難しい。

さらに言えば、本にとってなにより重要なことは著者が伝えたいことですよね。これを損ねないように、でも間違いはないようにと、正解がわからないまま仕事をし続けている感覚があります。

三砂

その“わからなさ”に向き合い続ける仕事の精妙さに驚きました。印象的な文言がとても多い本ですが、なかでもハッとした部分がありました。「誤植があると、散歩をしていて小石に蹴つまずいたような気持ちになる、といわれたことがある」というところ。

そこから読書の「静けさは消えてしまい、容易には戻ってこない」と。この気持ち、読み手としてはすごくわかるし、同時に校正や校閲の仕事の重要性が直感的に伝わってきましたね。

牟田

私にとっても先人たちの仕事の積み重ねが本への信頼に繋がっているのだと実感した経験の一つです。言語化して、こうして一冊の本になるとそのことをより強く実感しました。今では、いつか校正・校閲の歴史がわかるような本を書いてみたいと思ってます。

三砂

今からすごく楽しみです。それに「書いて気がつくことがある」というのはすごくわかります。私自身、『千年の読書 人生を変える本との出会い』という本を書いたときに、「本を売る」ことよりも、それ以前に「本の魅力を伝えること」が好きなのだという発見がありました。

本がない世界は幸せ?

牟田

もう今は天職みたいなものですね。

三砂

はい、一生、本と離れられそうにありません(笑)。でもそれだけにこんなことを考えることがあります。本の機能の一つに「困ったときに味方になってくれる」というのがあると思うんです。

逆に言えば、「本がない世界=困り事がない=幸せ」という気もするけど、実際は違う。言葉を使ってものを考える以上、本は必ず助けになる。これからもそんな本の魅力を伝えていきたいです。

牟田

特に近年はスマートフォン一つで簡単にいろんなことがわかる。それによって得られる便利さもいいけれど、私たちの暮らしに欠かせない「言葉」だからこそ、誠実でありたいと思うんです。