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宇宙へ飛び立った宇宙飛行士。イエーガー、アームストロング、オルドリン、毛利 etc.

誰しもが未来に不安を抱く時代。私たちが希望をもって未来に前進していくために、いまこそ宇宙へと飛び立ったヒーローの物語を。

text: Kunichi Nomura

狂乱のマネーゲームも終わりを告げ、見えない未来に誰もが不安を感じる現代。そんな時代だからこそ人々は夢を求める。日常での現実的な問題や困難から心を解き放たせてくれる大きな夢を。20世紀、もはやフロンティアは存在しないと叫ばれはじめたその時代に命の危険を顧みず、世界を熱狂させた男たちがいた。それは宇宙飛行士。

明晰な頭脳と体力を要求され、いかなる時でも冷静沈着であり、困難を勇気を持って乗り越える男たち。もちろんヒーローとして生きたために数々の苦労も強いられた。そんな彼らの生き方を知ることで真のヒーローとは何かを知り、そしてヒーローになるためには何が必要なのかが見えてくる。

彼ら宇宙飛行士たちは、アメリカ軍やソ連のテストパイロットたちが先達となって誕生した。ロケットエンジンを積み、日々音速の壁を突き破るための実験に勤しむ命知らずの男たち。特にアメリカのエドワード基地に溜まる無頼たちは自らの命を懸け、スピードの限界を探った。たとえその行為が家族に犠牲を強い、時に悲しみのどん底に落とすことがあっても。

骨折を秘密にして宇宙へ飛行した
チャック・イエーガー。

その代表格が、初の水平飛行による音速突破を実現したチャック・イエーガー。彼はライト・スタッフ(正しい資質を備えた男たち)と呼ばれた何か特別な資質を持った男たちの中でも、別格とも呼べるような男だった。

この言葉にしにくい資質というのは正確に言ってどういうものなのか……そこには勇気が含まれることは間違いない。
しかしそれは自分の生命を喜んで危険にさらすといった態の単純な勇気とは違う

トム・ウルフ『ザ・ライト・スタッフ』より

音速の壁を破った時には肋骨を骨折していたことを秘密にして飛んだエピソードがあるように、どこか西部のカウボーイのような男。そんな胸のすくような生き方をしていたテストパイロットたちを中心としてアメリカ発の宇宙飛行士として選ばれたのが「マーキュリー・セブン」と呼ばれた7人のエリートたちだった。宇宙飛行士はまさにライト・スタッフしかなれない、現実のヒーローだった。

人類初の月面着陸を成し遂げた
ニール・アームストロングとバズ・オルドリン。

ソ連の軍人ガガーリンによって初の有人宇宙飛行に後れをとったアメリカが、ベトナム戦争突入前の暗い世相の中でブチ上げたのが人類による月への旅、「アポロ計画」。

地球を周回するだけの技術しかない時代、軍備費が増大し、国の負担が増す中でなぜアメリカは月を目指したのか?月に辿り着いたとしてもそれがすぐに富に結びつくわけでもない。国民の生活が楽になるわけでもない。それにもかかわらず時の大統領ケネディは61年、10年以内に人を月に到達させることを声高らかに宣言した。冷戦時代のアメリカとソ連の関係の中で、宇宙開発競争で優位に立とうとする考えがあったのは間違いない。

また、その巨大な予算によって軍事産業を大いに潤す目的もあったかもしれない。ベトナム戦争への関心を削ぐ効果も考慮していたかもしれない。しかし、それでも世界はアポロ計画に夢中になった。「月に行けるかもしれない」「歴史上まだ誰も成し遂げたことのない、空想のおとぎ噺であった月旅行が現実のものとなろうとしている」。「アポロ計画」に選ばれた宇宙飛行士は、宇宙へと向かう前から真のヒーローとして世に迎え入れられ、彼らもまたその役割に忠実に応えた。

そして過酷な訓練の中から生まれたのが人類初の月面着陸を成し遂げたニール・アームストロングとバズ・オルドリンのふたりだった。月面に着陸したオルドリンは

しばらく手を休め、この数時間の出来事を思い起こして、それぞれのやり方で感謝を捧げてください

バズ・オルドリン+マルカム・マコネル『地球から来た男』より

と世界に平和のメッセージを送り、そして月面に船長アームストロングが人類の記念すべき第一歩を刻み込んだ時、有名な

これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな跳躍だ

ジェイムズ・R・ハンセン『ファーストマン ニール・アームストロングの生涯』より

の名言が生まれた。アポロ11号のミッションはアメリカの国家事業としての熱狂だけでなく、世界中をひとつにするほどの大ニュースとして世界中を駆け巡った。悲劇的な話ではなく、これほどまでに印象的な、夢のある話として世界中を包み込んだ事件がほかにあっただろうか?

人類の可能性が地球という母なる大地を離れ、宇宙の別の星へと辿り着いた大きな一歩であり、これからの未来への希望に胸を膨らませる大きな一歩だった。そして人類は地球という揺り籠の外に出ることで初めてその存在の素晴らしさ、かけがえのなさに気づかされたのである。

日本人初の宇宙飛行士。
子供たちに夢を与えた毛利衛。

そしてそれは世界中の少年少女たちに大きな夢をももたらした。宇宙への夢。

一九六一年に世界初の有人宇宙飛行に成功した、ほんものの人間ガガーリンが宇宙から帰ってきたときは、興奮も最大に達し、テレビに映っているガガーリンといっしょに写真を撮ってもらうほどに、私は宇宙飛行にあこがれていました

毛利衛『宇宙からの贈りもの』より

日本人として初めてスペースシャトル計画の宇宙飛行士として無重力空間へ足を踏み入れた毛利衛もそんなひとりだった。そして今度は毛利自身が日本人でも宇宙に行ける、という夢を日本中の子供たちに与えることになった。

宇宙への飛躍は私たちに夢と希望を与えてくれる。
–– バズ・オルドリン

彼ら宇宙飛行士たちが、自分たちの生き方がどれほど世界に影響を与えるか理解していたかどうかは分からない。自分の夢に純粋に生きただけだったのかもしれない。国の威信をかけて任務を遂行しただけなのかもしれない。ただ、彼らの偉業だけでなく、その生き方がたくさんの人々に影響を与えたことは確かだ。

幼い頃からの夢を叶えた者、自分の職業の中でより上のキャリアとして実現した者。きっかけはそれぞれでも、彼らは一度決心した後は決して後ろを振り返ることはなかった。そしてその狭き門をパスするための努力は並大抵のものではなかったはずである。そして彼らほどの能力を持っていれば大金を稼ごうと思えば楽に稼げるはずだ。しかし彼らはその能力を自分の夢や名誉に懸けた。だからこそ彼らの存在は特別であり、胸を打つのである。

今の時代ほど彼らのようなヒーローが求められている時はない。個人の私利私欲のみで動く者が増え、幸せとは持ちうる財産の大きさに比例すると考えることが当たり前になってしまった現代。人類が共通の大きな夢を持つという素晴らしい行為を人々は忘れてしまった。それは決して無駄なことではない。

そして今、NASAは来たるべき火星探査への有人飛行を計画している。人類が最後に月に降り立ってからすでに30年以上の月日が流れた。より遠く外国を旅する者が、より広い視野を持ち帰ってくるように、人類もより遠くへと旅することで、人類としての広い視野を持ちうるに違いない。

先駆者であるバズ・オルドリンもこう語っている。「宇宙への挑戦がすぐ経済活動に結びつくわけではない。けれども若い者たちに興奮を与え、数学に興味を持たせ優れた科学者を育てるためには素晴らしい行為なのだ」と。宇宙への飛躍は私たちに夢と希望を与えてくれる。そしてそれこそが人を前進させていく大きな原動力なのではないだろうか?

そしてそんな希望こそが問題を抱える世界をまたひとつにしてくれるのではないだろうか? 彼ら宇宙の先駆者たちの生き様を知るということは、私たちひとりひとりが人類の水先案内人になれる可能性を知るということなのである。

宇宙を知るための本ではない。
地球で夢を持って生きるために。