せきしろ(俳句)
忘れたくない一行
中学生の頃、教科書か副教材にこの句が載っていて、一瞬にして風景が浮かび上がったことに衝撃を受けた。それ以来私は「写実」にしか興味がなくなり、良くも悪くも今の自分を形成した。何か創作する時に必ず思い出す句でもあり、自分は間違っている、間違っていないの判断を仰いでいるのだ。
忘れたくない、「自身」の一行
佐藤文香(俳句)
忘れたくない一行
「一本の道遠ければきみを恋ふ」に始まる「青春譜 十句」の9句目。僕は一途にきみを恋い、きみはあまねく夕がすみを告げわたる。この一瞬、きみとゆく田舎の道がこの世を超えた風景となり、何にも代えがたく心に刻まれる。思いと美が結ばれた一句だ。
忘れたくない、「自身」の一行
小池正博(川柳)
忘れたくない一行
1995年の阪神・淡路大震災のときに詠まれた句。鬼は被災者というより、再生へのエネルギーの象徴的な意味を持つ。川柳における鬼の句では「たちあがると、鬼である」(中村冨二)が知られている。「鬼を」のあとに一呼吸置いた一字空けがある。約30年前の句だが、大きな地震があるたびに、この句のことが思い出される。
忘れたくない、「自身」の一行
暮田真名(川柳)
忘れたくない一行
老いや病を念頭に置くとわかりやすい。「できないようになる」というレトリックが秀逸だ。直線的な変化のなかに「できる/できない」を並置することで、「できることは良い、できないことは悪い」という価値判断を退けている。「できない」ことを理由に人間を片づけようとする力に対するまじないとして胸に掲げたい。