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いかにして、映画『BLUE GIANT』を鳴らしたのか。上原ひろみ×石塚真一が語る

“音楽が聞こえる”と称される漫画『BLUE GIANT』が、ついにスクリーンでリアルな音を鳴らす。大の、雪祈の、玉田の、あの魂揺さぶる音はどう作られ、誰が奏でたのか?音作りの裏側を、原作者と音楽家が語ります。

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photo: Kazuharu Igarashi / text: Masae Wako / hair&make: Seiji Kamikawa

漫画に描かれた音楽を、映画『BLUE GIANT』はいかにしてリアルに鳴らしたのか。そのディレクションは、世界的ピアニストの上原ひろみが担当した。すべての劇伴を制作監修し、主人公たちのバンド〈THE JASS〉のオリジナル楽曲も書き下ろし。原作者の石塚真一と上原自身が当時を振り返る。

石塚真一

実は『BLUE GIANT』の単行本1巻が出た頃から、上原さんにアドバイスをいただいていたんです。僕もジャズを聴くのは大好きですが、「そもそもジャズとは?」「ジャズプレーヤーはどんなことを考えているんだろう」みたいな部分に説得力を持たせるには、本物のジャズを知る方の助けが必要で。だから映画化が決まった時も、「上原さん以外に誰がいる?」という気持ちで音楽をすべてお願いしたいと思いました。

上原ひろみ

私は、漫画を読んでいる時に頭の中で鳴っていたあの音を具現化できるんだ、始まるんだ、と興奮したのを覚えてます。

石塚

それは、どんな音?

上原

最初に聞こえてきたのは宮本大の真っすぐな音。「個」を感じました。大ちゃんでしかない、ひたむきな音が、3Dで飛び出してくるような印象でした。

石塚

漫画で大たちが演奏する楽曲についても相談したんですよね。「こんな感じの曲を登場させたいんだけど」って。楽譜の描き方も僕にはわからなかったですし。

上原

石塚さんの頭の中でどんな音楽が鳴っているのかを、電話口で歌ってもらったりもしました。それを私が楽譜にしてお送りして。

石塚

沢辺雪祈(ゆきのり)が作った「N.E.W.」という曲ですね。上原さんからの楽譜が漫画に生かされた。

上原

はい。「N.E.W.」は、漫画の時のモチーフを基に改めて作曲し、映画の中でも演奏しています。

漫画家・石塚真一、ピアニスト・上原ひろみ
漫画『BLUE GIANT』7巻の中面
石塚さんの頭に鳴っていた音が雪祈の作った新曲として描かれたシーン。上原さんが起こした楽譜も描写。『BLUE GIANT』7巻。

大たちの音は誰が奏でた?

ところで、登場人物が演奏する音を担当したのは誰なのか。宮本大のサックスはグラミーアーティストとの共演も多い馬場智章。国内外の有力プレーヤーを集めたオーディションに参加し、満場一致で選ばれた。

大の影響でドラムを始める玉田俊二の演奏はmillennium paradeやくるりの活動にも参加する石若駿。駿才・沢辺雪祈のピアノは上原自身の演奏だ。

上原

演奏者については、映画に関わる人たちみんなで決めていきました。「漫画の中の宮本大がどこかにいるはずだ」と思って探したのではなく、120%の力を出して「宮本大の音」に近づこうとしてくれる人を選びたかった。

石塚

馬場くん、良かったですよね。宮本大のエッセンスをマックスまで体に入れようとしてくれて。

上原

「大、入れなきゃ。大、入れなきゃ」とずっと言ってた(笑)。“大と雪祈”として音を合わせた時、私の頭で鳴っていた『BLUE GIANT』の音を、観る人にも感じてもらえる、と希望が持てました。

ピアニスト・上原ひろみ
衣装:MIHARAYASUHIRO

石塚

一方で、完全な初心者から始まって少しずつ成長する玉田の音も難しかった。だって奏でる石若くんはプロですから。どうやってもうますぎて「もっとへたに叩いて」とダメ出しされてましたね。

上原

ドラムを始めたばかりのシーンを録(と)る時は、わざとスティックを短く持ってもらったり、初心者用の楽器を使ったり。ただ、ミュージシャンがへただと思うレベルと、一般の人がへたに感じるレベルは全然違うんです。私と馬場くんは「石若くんは十分へたに叩いてる」と感じても、監督には「どこがへたなの?」と言われてしまう。そういう客観的な声があることに、とても助けられました。

石塚

雪祈のピアノも、シーンごとに楽器を替えていたでしょう?

上原

「日本一のクラブ」というセリフがあるので、そこのピアノを演奏するシーンの音と、街のライブハウスのピアノの音が同じじゃおかしいから。調律も「名門クラブの楽器は毎日調律されるけど、この店ならたまにしか調律が入らないはず」と調律レベルを変えて……って、こんなマニアックな話、伝わらないですね。

石塚

いえ、大事です。みんな真剣勝負でしたよね。全員でいいものに引き上げていこうとしていた。楽曲に対しては僕も、「大の音はもっとこうなんじゃないか、この曲はああなんじゃないか」と伝えることが幾度もありました。僕はミュージシャンじゃないけど、ちゃんと意見を言うべきだ、と。それを全部受け止めてくれた上原さんは、本当に大変そうでしたけど。

上原

一つの曲に対して、監督と原作者と脚本家とプロデューサーが全員違うことを言う。当然ですよね。頭の中で鳴っている音は一人一人違うから。もちろん私も妥協するつもりはない。それでも、みんなの思う音が重なるコアなところが必ずどこかにある。『BLUE GIANT』の音作りは、その“唯一”を探す旅でした。

石塚

そうやって作った唯一の音が、永遠じゃないこともジャズの魅力です。音が即興性をはらんでいて、鳴らした瞬間、過去になる。

上原

ジャズは刹那。はかないから美しいのだといつも思います。

石塚

はい、ジャズは死ぬほどカッコイイ音楽です。僕たちの映画の音にも刹那がある。その美しさを感じてもらえたらうれしいです。

漫画家・石塚真一