教えてくれた人:十場天伸(陶芸家)
現代作家の茶碗を買う
茶の湯とは不思議で奥深い文化なり。“茶碗に入れた粉状の抹茶に湯を注いでかき混ぜて飲む”という、鎌倉末期からほぼ変わらないシンプルな行為でありながら、“日本最高峰の総合芸術”とまで称されるのだから。
「極めようと思えば、茶道具、茶室、花生け、和菓子……と、どこまでも世界が広がりますから。
でも、気軽にはじめるなら、毎日使いたくなるカッコいい茶碗を手に入れるのがおすすめ。茶の湯がもたらす楽しみのうち、“好きな茶碗で飲む”喜びを、最初に体感してほしいです」
そう教えてくれたのは十場天伸さん。深い海のような瑠璃色の器や、スリップウェアと呼ばれる大胆な柄の陶器で人気の若手陶芸家だ。
「買いやすく使いやすいのは、器の店やギャラリーで扱っている現代作家の茶碗でしょう。今、日常の器に加えて茶道具を作る作家も増えていて、色や形もさまざま。モダンな茶碗も多いんです。
特におすすめなのは、作家の個展の時に買うこと。いろいろ見比べながら選べるし、作家在廊日に訪ね、楽しみ方や手入れの方法を直接聞くこともできますよ」
そう話す十場さんも、もちろん茶碗を手がけている。この日は自宅のキッチンに立ち、食器棚から自作の茶碗を3つほど。どれもハッとするほどカッコよく、両手にすんなり収まる親しみやすさを備えている。このモダンな佇まい、海外にファンが多いのも納得だ。
まずはお気に入りだという京都〈一保堂〉の抹茶を入れ、コンロのヤカンから湯を注ぐ。竹の茶筌で静かにシャッシャッシャッ。
「朝の一服も、家族や友人に点てる時もこんな感じ。コーヒーを淹れるより、たぶん簡単です」
見た目より軽く感じる
それがいい茶碗の条件
「愛着を持てるものがいちばん。酒器やマグカップと同じです」茶碗の選び方を尋ねたところ、十場さんはこう即答した。
「たとえ少々飲みづらくとも、デザインや雰囲気が好みなら毎日楽しく使えるから。
一つコツを言うのなら、見た目はどっしり重そうでも、手に取ると軽く感じるのがいい茶碗。今はオンラインショップも充実していますが、できるだけ実際に両手で持ってみて、感触や重さ、持ち心地がしっくりくるものを選ぶのがいいと思います」
ちなみに、アメリカでは茶碗メインの個展を開くことも。
「そういう時は、点てた抹茶に温めた牛乳を入れた抹茶ミルクや、氷を浮かべたアイス抹茶を出してみます。初めての人でも興味を持って手に取ってくれるんですよね。
大ぶりの碗や片口で点て、デミタスカップなどの小さい器に注ぎ分ける中国茶方式も楽しい。こんな飲み方なら、急に“一服どうぞ”と差し出されても、まごつかないで済むでしょう?」そうなのだ。
作法がよくわからないまま抹茶をいただくことになり、(飲む前に茶碗を回すんだっけ……?)とドギマギした経験を持つ人も多いはず。
茶碗に親しめば
茶の湯の作法も怖くない
作法とは、茶を点てる亭主と客とが心を通わせるための「型」であり、それをなぞることで心が安らぐ茶の湯の醍醐味でもあるのだが、初心者にとっては高いハードルだったりするわけで。でも十場さんは言う。
「茶碗に愛着が湧いて、その美しさや心地よさに毎日触れていると、作法の理屈も自然にわかるようになると思います」
例えば、差し出された茶碗は、まず姿形を拝見し、少し回してから飲む。
この作法をルールと捉えれば窮屈かもしれないが、実はその背景にあるのは「この茶碗、カッコいいからちゃんと眺めたい!」という感動や、「茶碗の正面のいちばん美しい部分には口をつけず、少し避けよう」という敬意。
日々大好きな茶碗と付き合っていれば、その行為もすっと腑に落ちる。
「しかも、いい茶碗は使うほどに色や質感が味わい深く育つ。飽きずに長く楽しめるんです」
現代作家の茶碗が買える店
千鳥(水道橋/東京)
“初めての作家ものを買うならここ”と人気の店。広い店内では、料理が映える日常の器を中心に扱っている。
HS(大阪)
自身も茶の湯をたしなむ店主による、現代作家の器と生活道具の店。
Rohan(浜松)
30~40代の若手陶芸家の器を多く紹介するほか、オブジェや詩集も扱う。