「私たちは生まれ育った国にいながら、常に『部外者』なんです」。そう語るのは中国系英国人の女性写真家のナオミ・ウォン。ロンドンを拠点とする彼女は、イギリスに住む中国系の男性たちのポートレートをまとめた彼女の初の写真集『後生仔』(「若い男の子」という意味。英語タイトルは『Young Man』、2024年)を自費で出版し、『DAZED&CONFUSED』をはじめ、多数の海外のファッションやカルチャーマガジンにて紹介されている。
Zoomで話を聞いたウォンによると、このプロジェクトは彼女にとって、自分のアイデンティティ探しでもあったという。「私たちはこの国の部外者であるという共通項を持っていましたから、撮影のときに被写体となる彼らの物語を聞くのは楽しかったですね。縁を感じました。共通点があると、人間の繋がりは深くなると思いますね」
二重のアイデンティティを持っている若い男たちの物語を描く写真集は、ウォンの個人的な物語やその物語から生まれた悩みと強い関係がある。二重の文化の中で育った彼女は若い頃から深い孤独を経験しているのだ。
「両親は香港人で、私が生まれたのは南イギリスのケントという街です。その後5年間香港に住んで、5歳の頃にイギリスの人里離れた街であるスカンソープに戻ってきました。その街には中国人のコミュニティはありませんでした。母は私をカトリック系の学校に通わせたのですが、私以外に2人の中国人しかいませんでした。なので、学校では孤立した状態でしたね」
しかし、香港に戻ることも孤独の解決策にならなかった。
「毎年夏に香港に行きました。香港にいると家にいるように感じました。親戚もいて、心地よかったです。けれども、同時に『ナオミはイギリス人のように広東語を話しているね。なまりがあるよね』とよく言われて当惑しました」
ウォンの人生が好転したのは、中国人の日曜学校に通い始めてから。その時点からコミュニティの貴重さを学ぶようになる。「その学校はとても小さかったんですが、いろんな子供たちがいました。そこから自分のアイデンティティ探しが始まりました」
そのようなアイディンティティにまつわる問題は自分だけではない。その確信が今回の写真集の根拠となる。
「この写真集のために中国本土や香港出身の男性たちの写真を撮りました。みんな自分の経験を素直に語ってくれて、自らの出身地やなぜイギリスに来たのかを丁寧に説明してくれたんです。彼らの多くは学校や大学に入るため、幼い頃にイギリスに移住した人が多いんです。なぜなら、彼らの親はより良い教育やより良い生活などをしてほしいと願っているから」
女性は女性を、男性は男性を優先的に撮るべしといったフィメール・ゲイズ、メール・ゲイズ(女性の視点、男性の視点)を重視する今の写真トレンドに反して、女性であるウォンが被写体に男性を選んだ理由をこう説明する。
「今は中国や東アジアの女性を被写体とする作品がたくさんありますが、男性に関する作品は滅多にありません。私は、子供時代に中国系の男性に子守りされました。朝の2時まで一緒に『ナルト』や『デビルメイクライ』を見たりしましたよ。男性って、愛らしい面もあります。しかし、彼らの物語は沈黙させられます。今の世の中で男性らしくあることは、凄いプレッシャーだと思います。なのに、男性の苦しみについて誰も語りません」
写真を通して家族や周囲との繋がりを深めることは写真家になった理由のひとつ。『後生仔/Young Man』の着想のきっかけも、実はウォンの父の昔の写真だ。
「2年前、叔母さんから父の1980年代の写真をたくさんもらいました。父と最近までにそんなに親しくはなかったんですが、父のことで知らないことがいっぱいあることに気がつくと、一気に考えが広がったんです。『この国に住む他の中国系の男たちのことも全く何も知らない』と。イギリスでは、俳優でも歌手でもイギリスの大衆文化には中国の男たちは存在してないんです」
イギリスの大衆文化における人種の問題はずっとウォンの孤独感を増大させていた。
「若い頃は、テレビの世界にアジア人がいませんでした。小さな役のアジア人が登場したら、母が凄く興奮しましたね。しかし、今日、映画も写真もずいぶん変わったと思います。ロンドンでは素晴らしいアジア人の写真家が続々登場してきています。
韓国出身のハンナ・ムーン(※本連載第1回に登場)とか、そういうアジア人写真家の台頭は大いに刺激になりますね」
ウォンが他に好きな写真家として、ナン・ゴールディンとユルゲン・テラーの名前を挙げる。
「ゴールディンは感情的な瞬間をうまく撮ります。テラーの写真を撮りながら、被写たちと親密な関係を築くというやり方も好きです。彼の方法論はコマーシャル写真にもうまく応用されていますね。そのようなドキュメンタリーと商業のいいバランスを保つ写真家に憧れます」
普段はファッションの仕事を手がけるウォンは、テラーと同じようにコマーシャルとアート写真のバランスを目指している。
「そのふたつを結合したいです。それは絶妙で奇妙なバランスですよね。そういうものが撮れるときは一番幸せですね。自分にとって意味のあるプロジェクトを作り続けていきたいんです。大学で学んだのは映画なので、映画になるかもしれませんよ!」
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