「僕はランドスケープの写真家と思われているけど、実は自分自身は室内の写真家だと思っている。物事の内部に行きたいという願望がある。誰かの寝室や地下室に入ったら、その人のいろんな面が見えるだろう?今回の展示はそういうアイデアに基づいているんだ」
そう語るのはアレック・ソス/Alec Soth。1969年米ミネソタ州生まれで、今のアメリカを代表するドキュメンタリー写真家であり、写真集団マグナムの正会員でもある彼は、最近ではそのドキュメンタルなスタイルを用いてボッテガ・ヴェネタのキャンペーン――東京各地の寂れた公園を舞台にモデルを撮影したもの――でも知られている。いわばソスはドキュメンタリーとアートとファッションを横断する写真家といえよう。
そのソスが東京都写真美術館にて個展「アレック・ソス 部屋についての部屋」を10月10日から行う。本展では彼の初期作から新作まで各時代を代表する作品が集められ、風景写真家として知られているソスの作品を捉え直し、彼の新しい面を見せるものになる。ソスにZoom取材で展覧会に関して話を伺った。
「僕は人々の家を見るのが好きなんだ。新しい人と出会ったら、興味があるのはその人の家だ。その人を家の外に待ってもらって、家に入っていろいろ見てみたい。人と直接つながらずに中を覗けるのが理想だね」
被写体との親密さで知られているソスは、実は写真を撮るときにいつも被写体と距離を感じているのだそう。
「よく『人と深いレベルで繋がりますね』と言われているけど、僕は距離を感じているときもあるんだ。距離を超えるためには、やるべきことはすべてやるべきだと思う。自らの弱さや不完全さを示すと、被写体も打ち解けた気分になってくれる」
被写体との距離を縮める方法のひとつとして、8×10カメラを使うことがある。
「8×10の撮影は間違いなく儀式だ。明らかにスナップ撮影とは違うからね。被写体に一緒に儀式に参加するように誘うので、人にアプローチしやすくなる。そして8×10のファインダーを覗いていると、何でも美しく思える。それはブレッソンのいう『決定的瞬間』ではないが、悠然たる瞬間だ」
しかし、自分の写真をカメラに縛られたくないともいう。
「僕はテーマを決めて撮影するプロジェクト型の写真家だから、映画監督のようなやり方がいい。だから日頃カメラを持ち歩いたりしないし、日常的に写真を撮らないんだ。各プロジェクトは自己完結的な世界だから、プロジェクトごとに適した機材を選ぶようにしている」
この取材時に幾度か映画の話がソスから出るほど、映画がソスの作品に与えた影響は計り知れないほど大きい。特に影響を受けた監督に、ヴィム・ヴェンダースの名前を挙げる。
「ヴェンダースは僕に最も大きな影響を与えた一人だ。若い頃に観た『さすらい』『パリ、テキサス』等は自分にとって、とても重要な映画だった。『東京画』もね。ヴェンダースの日本に対しての憧れと僕の日本への憧れは似ている。日本のような独自な社交空間は他にはどこにもない。
ヴェンダースは常に異邦人の視点でアメリカや日本を描いている。ヴェンダースの映画はいつも『見ること/見えないこと』についての映画で、すごく写真論的でもあると思う。彼の影響で『パリ、テキサス』のような距離感のシーンは僕の作品の中によく出てくるんだ。というか、ヴェンダースの影響が強すぎて、実は一時期、彼の映画を見るのを意識的にやめたくらいなんだ」
しかし、またヴェンダースの新作がソスを虜にした。
「ヴェンダースの『PERFECT DAYS』は東京を舞台に人生の晩年の過ごし方を探究している老人が主人公の映画だよね。ヴェンダースはロックが大好きだけど、ロックは元々は若者の文化じゃない?ロックを聴いている老人のイメージにはとても触発されるものがあったね」
年を重ねることは55歳のソス自身にとっても大きいテーマになってきた。9月に出版された写真集『 ADVICE FOR YOUNG ARTISTS』(MACK 2024)は、まさにそれがテーマとなっている。
「これはアーティストとして年を重ねることについての写真集なんだ。実は若い人にアドバイスできることなどない(笑)。自分が回顧展に値する権威付けられた人として見られたくないので、自分自身が常に『若いアーティスト』という姿勢を見失なわないための本なんだ」
ソスが持っている危機感は年齢だけのものではない。写真を取り巻く環境の大きな変化にもよるという。
「現在、イメージの意味が大きく変わってしまった。僕は永久的なものを創りたいから写真を撮っている。けれども、今はすぐ消えてしまう写真の時代だ。僕はスマホに保存されている写真でも削除できない。写真を削除することは、僕にとってはネガを切ると同じことだ。
そう言っても、人々にその考え方を押し付けてパニックを起こすつもりもないよ。写真環境の変化は歴史上初めてではない。そしてそれは僕の問題じゃない(笑)」
ソスのポジティヴな姿勢は東京都写真美術館のキュレーター伊藤貴弘にとって、彼の作品の大きな魅力だ。伊藤いわく「ソスの写真の魅力のひとつに、ユーモアが挙げられると思います。そのさりげないユーモアによって、『写真の正当性』を疑い、継承・発展させることを期待しています」。
ソスと幾度か共作し、彼の作品について執筆した作家であり、写真論をまとめた『Strange Hours: Photography, Memory, and the Lives of Artists』の著者でもあるレベッカ・ベンガル/Rebecca Bengalにコメントを依頼すると、彼女はソスのもうひとつの魅力を挙げた。
「アレックは『現実」の表面の下にさまよう非現実を認識しています。ですから現実の境界をぼかすことができているのです」
現実や日常をえる力は写真の本質に基づいているとソスは語る。
「写真の本質ははかなさだ。写真はこんなにも時間と繋がっているから、写真よりも死を理解しているメディアはないだろう。だから音楽よりも写真は微妙な気持ちをとらえることができるんだ」
今月の流行写真 TOP10
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10: BAD BUNNY by Rafael Pavarotti for VOGUE Italia July 2024
プエルトリコの人気ラッパー、バッド・バニーはファッション誌に引っ張りだこ。伊ヴォーグでも見事な伊達男ぶり。 -
9: 映画『本心』監督:石井裕也
平野啓一郎の原作。数年先の日本を舞台に、母を亡くした主人公の若者が母を仮想空間で生き返らせる。多くの示唆に富む話だが、映画は少しウェット過ぎか。 -
8:“MOCKUMENTARY” by Tatsunari Kawazu for Them magazine Oct.2024
俳優の髙橋里恩をモデルに上野の有名純喫茶「丘」を舞台にしたファッション。この昭和なレイドバック感が今の東京の気分。 -
7:Marisol Mendez “MADRE/Padre” for foam magazine Talent issue 2024
ボリビアのマリソル・メンデスによるボリビアの神話的ドキュメント。ラテンアメリカ文学のような現実と神話が交差するリアリズム。 -
6:Hailey Bieber by David Sims for W magazine Special Summer issue 2024
ジャスティン・ビーバーの妻で妊娠中のヘイリーをシムズがカバー・ストーリーに。妊婦であることを活かした見事な構成力。 -
5:Henri Cartier-Bresson “THE DECISIVE MOMENT”(Fondation Henri Cartier-Bresson)
アンリ・カルティエ=ブレッソンの名著の復刻版。「決定的瞬間」という言葉がここから生まれた写真集の教科書的一冊。 -
4:映画『HAPPYEND』監督:空音央
近未来の日本を舞台にした高校生の友情を描く青春映画は、普遍的な題材とモダンな撮影&音楽が新鮮なハーモニー。 -
3: 畠山直哉写真展「津波の木」@タカ・イシイギャラリー
東日本大震災以降の沿岸のランドスケープを撮り続ける畠山の新作は、類型学的ながらも深い情感が伝わる。 -
2:“THE HEIST OF THE HEART by BAZ LUHRMANN” for VOGUE US Sep.2024
バズ・ラーマンが監督し、ブレイク・ライヴリーとヒュー・ジャックマン主演のヒッチコック映画仕立てのファッション・ストーリー。米ヴォーグ久々の大作フォト。 -
1:Alec Soth “ADVICE FOR YOUNG ARTISTS”(MACK)
アレック・ソス最新刊は本文取材でも述べているように「若者へのアドバイス」になっていない50代の自分探しのユニークな旅の記録。