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流行写真通信 第1回:韓国出身ロンドン在住のハンナ・ムーンによる、韓国への生々しいラブレター

雑誌「COMMERCIAL PHOTO」でシリーズ133回を数えた長期連載が、BRUTUS.jpにお引っ越ししてきました。編集者の菅付雅信が切り取るのは、広告からアートまで、変貌し続ける“今月の写真史”。人気企画「今月の流行写真TOP10」も継続。写真と映像の現在進行形を確認せよ。

text: Masanobu Sugatsuke

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ハンナ・ムーンのセルフ・ポートレイト Hanna Moon: Self Portrait
ハンナ・ムーンのセルフ・ポートレイト
Hanna Moon: Self Portrait
Hanna Moon “Almost Something” (Patrick Remy Studio)表紙。
Hanna Moon “Almost Something” (Patrick Remy Studio)表紙。

「マジで頭に来ているのよね」とハンナ・ムーンは冒頭からテンション高めに語りだす。

韓国出身ロンドン在住の注目の女性ファッション写真家が怒りをぶつけるのは、1月に発売した初の写真集『Almost Something』(Patrick Remy Studio)の出版を巡る舞台裏についてのこと。この写真集は、ムーンの韓国の家族や友人たちの生っぽくもユーモラスなドキュメント。写真も見開きに数点これでもかと詰め込まれ、一種のカオスな仕上がりとなっている。

実はこの写真集、某大手ラグジュアリー・ブランドがスポンサーとなって出される予定が、その内容にNGが出て、急遽自分たちで出すハメになったというのだ。「このために6000枚もの写真を撮って、レイアウトも終えて、さあ出すよという時にラグジュアリーの本国ではなく、韓国側のPRサイドからNGが出たの。彼らいわく『私たちが世界に見せたい韓国の姿ではない』と。でも、それはほとんどねじれた人種差別よ。彼らが西側世界にそのように見られたくないことを私は知っているわ。でも私は今の生な(raw)な韓国を見せたかったの。K-POPとか韓国映画のようにキレイに整えられた世界とは違う、でも私なりの視点でエネルギー溢れる現実をね。でも韓国側PRはそれを望んでなかった。だから自分たちで表紙のデザインだけ変えて中身はまったく同じにして出したの。これは私を拒絶した人々へのラブレターでもあるの」

Hanna Moon “Almost Something”より。©︎Hanna Moon
Hanna Moon “Almost Something”より。©︎Hanna Moon

この写真集のサイン会でムーンは世界を周り、この1月にも東京の〈ドーバー ストリート マーケット ギンザ〉でサイン会を行った。既にロンドン、ソウル、ニューヨーク、そして東京とブックサイニングのワールドツアーは続いている。

「国や都市によって反応が違うのが面白いわね。私の韓国に住む父は『なぜ、こんな写真を公開するのか?』といぶかしげに聞いてくるし、一方で私の叔母は『写真を見て自由を感じたわ』とも言ってくれる。ニューヨークでは『韓国人の友人がいるので、彼らにプレゼントしたい』というアメリカ人が来てくれたり。いろんな都市で違う読まれ方をされるのが刺激になるわ」

この写真集を編集・発行したパリのパトリック・レミーは写真集業界では知らぬ者はいない名物編集者。レミーはムーンとの出会いをメールのインタビューでこう答える。

「ムーンとは彼女のエージェントを通して出会ったんだ。そして韓国に関する写真集を出そうということで意気投合した。それも観光客的な写真ではなく、都市に関する統合的な視点を持ったものにしようと。でも韓国側PRはもっと大人しいイメージ、つまりポストカード的なイメージを求めていたんだ。そこで話が折り合わず、自分たちで出版することになったわけさ」

最近は〈グッチ〉、〈マーク ジェイコブス〉といった大型キャンペーンも手がけるムーンだが、本人いわく「今までと、雑誌の仕事とも変わらない」姿勢だという。「〈マーク ジェイコブス〉はすごくオープンな仕事で、私にとって遊び場のような撮影だった。ブランドが私の写真家としてのアイディンティティをすごく尊重してくれたわ。最近はそのようなブランドが増えていると思う」

マーク ジェイコブス2022年秋冬キャンペーン/Marc Jacobs FA2022 campaign. Photo by Hanna Moon
マーク ジェイコブス2022年秋冬キャンペーン/Marc Jacobs FA2022 campaign. Photo by Hanna Moon

ムーンはロンドンを拠点に、アジア人であり女性でありレズビアンであるという立場に誇りを持って写真に取り組んでいる。「私はアジア人やゲイであることを積極的に発言しようとは思わないけれど、モデルに関しては、積極的にアジア人モデルを起用したいと考えている。また私はロンドンと韓国の両方の世界に属しているので、第三の視点で両方を見ることができる。自分の置かれた状況と闘うのではなく、私がロンドンに存在することに意味があると考えているわ」

日本でムーンと一緒に仕事をしているアートディレクターに上西祐理がいる。彼女がムーンと組んだPerfumeの『The Best “P Cubed”』の撮影で、ムーンにこう依頼したという。

「彼女たちを解体し、アーティストという側面/一人の女性であるという側面/さらには等身大の人間であるという側面から捉える企画で、ハンナには同年代・同性の彼女にしか撮れない『等身大の人間』としての撮影をお願いしました。スタジオ撮影は、パーテーションで空間を遮り、被写体とハンナだけの親密な空間をつくったセッションだったのが印象的でした。その閉じた空間の中では、アクティブなエネルギーに溢れたセッションが繰り広げられて、彼女たちは飾らない状態でそこに存在しており、ハンナは数台のフィルムカメラを持ち替えながら撮っていました。仕上がりは、メディアを通しての普段の印象とは違った、作られていない表情のフレッシュさが写真に収まっていて、ドキュメンタリー性とファッション性の、リアルさと作られたかっこよさのバランスもとてもいいなと思いましたね」

上西はムーンの存在感をこう評する。
「彼女の写真集を見ても改めて思いましたが、私たちの日常の、その一瞬一瞬を飾らず、ユーモラスで愛ある視点で向き合っているフォトグラファーだと思います。既存の固定観念や権威や正しさの価値基準など、私たちを知らず知らずの間に縛るものをやすやすと振りほどいて、いつまでものびのびとして存在していてほしいです」

編集者レミーはムーンの独自の立ち位置を語る。「彼女を、新しい女性像であり、新しい非ヨーロッパ人世代の代表と語る人がいるけれど、その見方に僕は与しない。彼女は他の写真家と参照不能で、自分独自の道を歩んでいるんだよ」。

Hanna Moon “Almost Something”より。©︎Hanna Moon
Hanna Moon “Almost Something”より。©︎Hanna Moon

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