「パッと手が掴(つか)んだものがいいはずなんだ。お店の人が選んだものがいいとは限らない。自分で考えなきゃ」
101歳の染色家、柚木沙弥郎さんの自宅には、そうやって買ったものがいっぱい並んでいる。南米で見つけたカエルの置物や、紐を引っ張って手足を動かすメキシコの玩具。空き缶を伸ばして作られた箱の中身は、パリで買った古いトランプだ。
「アトリエの天井には、1m以上もある飛行機が下がってますよ。散歩の途中に寄った骨董の店でね、自分への誕生日プレゼントに選んだんだ」
若い頃から買い物が好き。中でも思い出深いのは、身長15cmほどのクマの土人形。アルバムには、柚木さんが鮮やかな染布をまとい、手のひらにのせたクマを愛おしそうに見つめる写真も貼られている。
「1986年の夏にアメリカを旅した時、ニューメキシコ州のサンタフェの店で一目見て、あっという間に欲しいと思ったの。作家もので高かったから1回は躊躇(ちゅうちょ)したけれど、やっぱり好きで、結局買ったんだね」
人生の転機となった旅を思い出させてくれるもの
この時の柚木さんは63歳。実は、25歳から一心に続けてきた染色の仕事を、やめようかと悩んでいた。
「仕事に行き詰まっていたんだ。このままだと自分のコピーのような、過去の繰り返しの仕事に陥らないかと恐れていたと思う。そういう中で訪れたのが、サンタフェにある〈インターナショナル・フォーク・アート・ミュージアム〉。テキスタイルデザイナーのアレキサンダー・ジラードがコレクションしていた、メキシコの玩具が展示されていたんです」
ピンクに青にグリーンに黄色。鮮やかな色に塗られた人形たちを見て、びっくりして、うれしくなった。
「木や針金や藁(わら)なんていう、そこらにある材料で作られたものに魅了されたの。作り手は民衆。アーティストではないけれど、非常に明るい気持ちで楽しみながら作ったんだな、だから僕もうれしいんだなと、そういう印象を受けました。楽しくなくっちゃいけないんだ!ってね」
何を作ったっていいのだと、心を覆っていた重いものから解放された。ポカンと口を開けた垂れ目のクマは、あの時の気持ちとつながる宝物だ。「自由になった」と確信した染色家はその後、ガラス絵に版画、絵本や立体や指人形、長さ12mに及ぶ墨の絵巻にも挑戦した。
「日常っていうのはほっとくとつまらない」と柚木さんは言う。自分の中から湧き上がるものを見つけて、こちらから発信しなくちゃ、と。「その気持ちを僕は、始終持っている。買い物も同じじゃないかな。ぞっこん惚れたという気持ちを信じて、自分の手でパッと掴むんだよ」