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愛媛県の手仕事、砥部焼。白磁に藍の焼き物の里・砥部町で、一生モノの器に出会う旅

民藝のレジェンドたちも愛した愛媛県の手仕事、砥部焼。一度魅力を知ってしまったら、毎日使わずにいられない。そんな日常の宝物を探して里山の窯元を巡る。
この旅で買った大皿や鉢をどう楽しんでいるのか聞いた「伊勢春日が『一生モノの器に出会う愛媛の旅』で手に入れたお皿を、実際に使ってみた」も読む。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Masae Wako

旅人:伊勢春日(キュレーター、ディレクター)

作り手の話を聞けるのも、
窯元巡りの醍醐味

「唐草文様の平皿には刺し身が映えそうだし、シマシマの十草文の小皿なら梅干し1個でもうれしくなる。使い方をちゃんと想像できるのがいいんです」

キュレーターの伊勢春日さんがそう話す。大の器好きでもある伊勢さんが、とりわけ愛着を感じているのが愛媛県伊予郡の砥部町で作られる砥部焼。透き通るような白い磁肌に藍色の柄。

すでに皿も碗も持っているけれど、「飽きないんです。好きな器はほかにもあるのに、気づくと砥部焼を手に取っている」。その秘密を知りたくて旅に出た。

〈陶板の道〉
砥部の里を一望できる〈陶板の道〉。足元には陶工が絵付けした陶板が埋まっている。

松山空港から車で40分。80余りの窯元が並ぶ陶の里で、まず訪ねたのは〈梅野精陶所 梅山窯〉。つるんと気持ちいい手触り、持ちやすく洗いやすい形、職人が手描きする柄。そんな砥部焼の基礎を築いた現役最古の窯元だ。

代表の岩橋俊夫さんによれば、18世紀、砥石の産地で持て余されていた砥石屑を再利用して生まれたのが、砥部焼の始まり。「砥石屑は鉄分が多く、当時の器は灰色がかっていたんです。やがて19世紀に白い陶石が発見され、真っ白な磁器が焼けるようになりました」

さらなる転機は戦後に訪れた。民藝運動を牽引した柳宗悦と陶芸家のバーナード・リーチが、〈梅山窯〉へ視察に来たのがきっかけだ。機械化が進む産地も多い中、いまだ地道な手仕事が残っていることに感銘を受けた柳らは、「この健康的な美しさを、より多くの人に届けるための製法を」と陶工たちに指南した。

「その一つが分業制。ウチが成型や釉薬掛けを分業で行うのは、先人の教えを守りたいからです」と岩橋さんは言う。絵付けに用いるのは、藍色の顔料・呉須を含ませた筆で一息に描く“つけたて”の技。手描きゆえ、筆の勢いや藍のかすれ具合が一点ずつ違うのはご愛嬌だ。

「昔からのびやかな植物柄が多いんです。愛媛は年中温暖でのどかで、自然も豊か。その姿を描いたのね」
そう語るのは、柳から指導を受けた窯元5代目の娘、岩橋和子さん。「毎日使う実用品には、身近で誠実な文様がいいんです。梅山窯にいるのは、嘘をつかない誠実な職人だけ。絵付けには人柄が出ますから」

〈梅山窯〉砥部焼の器
砥部焼の窯元〈梅山窯〉の器。左上は縁に立ち上がりのある《7寸切立丸皿唐草》。直径22cm。2,420円。中央は縁が丸い玉縁鉢。《5寸玉縁鉢内外唐草》直径15.5×高さ6.5cm。1,980円。右下は《3寸十草丸皿》660円。

無地の作家ものや鮮やかな柄。
ガイドブックにない発見も

ところで、一口に砥部焼と言っても、その姿形はさまざま。〈梅山窯〉から独立して新たな作風を築いた窯元もあれば、砥部の陶石を使った現代作家の器も砥部焼だ。

次に向かったのは、砥部町の中ほどにある五本松地区。行き当たりばったり上等。気になる窯元を覗きながら散策する。「無地の砥部焼もあるんですね!」と伊勢さんの買い物スイッチが入ったのは〈長戸製陶所 陶彩窯〉。江戸時代の砥部焼を手本に、陶石を掘るところから手がけている。

ガイドブックにも載っていなかった〈西岡工房〉では、赤絵や金彩も用いたアバンギャルドな器に釘づけ。工房に並ぶサンプルを眺めつつ、「この柄で、直径25cmの皿を」とオーダーした。

「時間はかかるけど待つのも楽しいし、職人さんにもの作りの背景を聞くと、愛着が増す気もします」そうやって日常へ持ち帰る物語もまた、器にまつわる一生モノ。

窯元巡りを満喫したら、車を走らせて〈TOBEオーベルジュリゾート〉へ。湖を眺めるダイニングでは、オリジナルの砥部焼で料理が供される。白地に藍を滲ませたようなみずみずしい器に、赤いビーツのソース。これも砥部焼⁉絵画みたいな一皿だ。

器と料理で遊ぶのは楽しい、とオーナーの越智仁文さんは言う。「陶石の質がいいので薄手でも頑丈。料理を引き立てるし、料理を盛ることで器も晴れやかになるんです」

梅野精陶所 梅山窯

のびやかな柄は職人の手描き。
歴史的な名品が並ぶ資料館も

明治15(1882)年開窯、「白地に藍の文様」「美しく丈夫で実用的」「ぽってり厚めの磁器」という砥部焼のイメージを作った砥部町最大の窯元。

砥部焼を代表する唐草文様は、かつてこの窯にいた名工がペルシャ陶器からヒントを得て考案したものだ。工場でろくろ成形や釉薬掛けなど陶工の職人技を見学できるほか、併設の古陶資料館も必見。

西洋のコバルト絵具と型紙で絵付けした輸出用の「伊予ボウル」や、明治期にシカゴ万博で金賞を獲った象牙色の「淡黄磁」など、海外に砥部の名を広めた貴重な器が展示されている。敷地内に残る明治期の登り窯を見学するのも忘れずに。

長戸製陶所 陶彩窯

江戸時代の古陶が手本の器と
新しい技法で作るモダンな作品と

「こういう砥部焼もあるんですね。釉薬の色合いや質感がカッコいいし、オーソドックスな砥部焼との相性もよさそう」と伊勢さん。

昭和23(1948)年開窯。工房に併設された広い販売所には、3代目の長戸哲也さん・純子さん夫妻と息子の裕夢さんがそれぞれに作る、鉢や茶碗が並んでいる。

例えば、江戸時代の砥部焼や李朝陶磁に倣った製法で、釉薬や土作りから手がける趣深い器。和紙を使った染めで独特の風合いを出したモダンな皿もある。「今回は器選びに集中しましたが、グラフィカルなデザインの花器や磁器のオブジェも素敵。ディスプレイも参考になります」。

西岡工房

“使いたい欲”を刺激される
アバンギャルドな砥部焼を発見!

20ほどの窯元が集中する五本松エリアで見つけたのは、町でもらった散策地図にも載っていない小さな工房。作り手の西岡一広さんは〈梅山窯〉出身だが、呉須に加えて赤い絵具や金彩も使った絵付けがアバンギャルド。

「テンションが上がる器ですね。使うと元気になれそう。焼売や餃子、春巻をのせてみたいです」と“使いたい欲”が刺激された様子の伊勢さん。販売コーナーで数点購入したほか、サンプル品を見ながら「この柄で、一回り大きいものを」とオーダー。日本絵画を思わせる「蝶花」「梅林」、金彩でホタルを表した「馬に蛍」など、柄の名前にも物語が感じられる。

TOBE オーベルジュリゾート

湖を眺めながらいただく料理を
オリジナルの砥部焼が引き立てる

「愛媛の魅力は、人も景色も手仕事もおっとりしていて穏やかなこと」と語るオーナーの越智仁文さんが、「すべてを愛媛産で」と始めた湖畔のオーベルジュ。

ダイニングのある本館も離れの客室も「通谷池」と呼ばれる湖のほとりに立ち、朝に夕に四季の景色を楽しめる。料理に使われるのは、来島海峡で獲れる身の引き締まった魚介や自家菜園で作る新鮮野菜。

それらを盛り付ける器は、「多彩な表情を楽しめるのが砥部焼の魅力」と言う越智さん自らデザインし、地元の工房や作家が制作したものだ。砥部焼の照明や洗面ボウルなど、客室も地元愛でいっぱい。

pizzeria 39

キュレーター・伊勢春日
窯元巡りの日は石窯ピッツァでランチ。サクサクでモチモチ!

伊勢春日が「一生モノの器に出会う愛媛の旅」で手に入れたお皿を、実際に使ってみた