鳥取と聞いて思い出す美味がいくつかある。日本海の味覚の王様・松葉ガニに、梨や柿に代表される果物。忘れちゃいけないのが牛肉。東伯和牛など県産のブランド牛が旨い。実は黒毛和牛の歴史ある産地で消費量も多いんだぜ、と、ちょっとした鳥取ツウ気取りだ。
が、骨はノーマークだった。牛骨。肉を食べれば骨が残る。それを使ったラーメンが生まれ、庶民のソウルフードとして定着。単に「ラーメン」と呼ぶ地元の人も多い。「牛骨」が付いたのはここ最近のことで、地元では「ラーメン」といえば牛骨だしが当たり前だからだ。
B級グルメと呼ばれるものの中には、町興しのために“作っちゃいました”みたいなものもあるが、これは正真正銘、地域の食文化に根ざす。全国のご当地グルメが出揃った感がある東京でも食べられる店は少ない。俄然、興味が湧いてきた。1泊2日で何食イケる?おいしくも胃袋を酷使する厳しい旅の始まりである。
県内屈指の激戦区、
名店ひしめく琴浦町へ
出発前に作成したシミュレーションを手帳に書き込み、午前中に米子鬼太郎空港に着くよう朝早くに家を出る。博多でとんこつラーメンを食べるなら行き当たりばったりも楽しいが、広い鳥取相手なら下調べは大事。
米子鬼太郎空港というのもポイント。国内で最後まで〈スターバックス〉がなかった鳥取県だが空港は2つある。牛骨ラーメン店は、食用牛の飼育が盛んな西部に多いから、米子インはマストだ。
牛骨だしの醤油スープ、中太麺にネギ、モヤシ、メンマにチャーシューが基本形。予備知識をおさらいしつつ、レンタカーで一路、琴浦町へ。聞き慣れない地名だが、人口約1万7000人の町で20軒以上もの牛骨ラーメン店が味を競う激戦区だ。右に名峰大山、左に日本海をチラ見しつつ山陰自動車道を東へ走ること約1時間。最初の目的地〈すみれ〉に昼の少し前に到着した。
創業七十余年、赤い暖簾が下がった店の佇まいからしてもうおいしい。おでんの鍋が湯気を立てる店内もいい感じだ。メニューにはただ「ラーメン」とある。これこれ。
注文後、程なく運ばれてきた丼は、やはり白い湯気を立てている。脂の膜で覆われたスープはアチアチで、コクは深いが雑味なく、空っぽの胃袋に染み渡る。「旨い、これが牛骨ラーメンか」と声が漏れる。幸先いい。
〈すみれ〉
腹ごなしに散歩をしようと海辺に行くと、春の日本海は南国の海のように明るく澄んでいた。浅瀬ではカラフルなヒトデも見える。気分上々で2軒目の〈たかうな〉へ。
県内外の催事にも引っ張りだこの人気店で、だしは牛骨1種だが塩、味噌、つけ麺、汁なしとメニューはいろいろ。目移りするも「極み白」の文字に惹かれ地元の白醤油で作るという醤油味を選んだ。スープの色はやや淡く、海苔が香り立つ。旨味も香りも凝縮感があるがエレガント。フレンチのコンソメスープのようだ。
〈たかうな〉
2戦2勝の好成績に、すっかり牛骨ラーメンファンに。お次は〈香味徳 赤碕店〉。東京・銀座、そしてハワイにも支店を持つ有名店だ。創業60年、いわゆる町中華だが、洋食にうどん、丼ものまで並ぶ品書きに、地域のファミレスとして重ねてきた歴史が垣間見える。
今はなき倉吉市の中華料理店〈松月〉の味を継承する店としても知られる。〈松月〉は牛骨ラーメンの製法を地域の飲食店に伝え、当地の味として定着させた先駆。なるほど、車の中でおさらいした“基本形”を正しく再現したようなバランスの良い味だ。
〈香味徳 赤碕店〉
お腹はいい感じに膨れてきたが、あと一軒。2021年開業の〈鳥取牛骨ラーメン 京ら〉へ向かう。
スタッフのイチオシが、牛すじラーメン。フルボディのスープには、ぷるんと軟らかな牛すじもたっぷり。だしとすじの旨味がギュギュッ(牛だけに)と詰まった満足度の高い味で、初日のシメとして完璧。