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細野晴臣と中沢新一の合羽橋ぶらり旅。リアルが残る町で、バーチャルな世界を語る

音楽家と人類学者の時空を超えたぶらり旅。今回は合羽橋編。「かっぱ橋」といえば食器・調理器具から食品サンプルまで何でも揃う日本一の道具専門の問屋街。賑やかな店頭を覗きつつ、江戸から続く歴史ある街をぶらぶら歩いているうちに、話は意外な方向へ……。

初出:BRUTUS No.886「死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100」(2019年2月1日号)

photo: Yurie Nagashima / text: Kosuke Ide / edit: Naoko Yoshida

100年の歴史を持つ、
日本一の道具専門店街

大正初期、江戸期に造られた新堀川の両岸に数軒の古道具屋や小間物屋が商売を始めたことが道具街の始まりとされる。川は大正12(1923)年に暗渠化された。

合羽橋の由来は、金竜小学校跡地周辺にかつて伊予新谷の城主の下屋敷があり、侍が内職で作った雨合羽を近くの橋に干していたという説と、文化年間に合羽屋喜八が私財を投げ売って掘割工事を始めた際、捗らない工事を隅田川の河童たちが助けたという説がある。

東京 合羽橋周辺地図

道具にこだわらない
2人の道具屋巡り

リアルが残る貴重な町で
バーチャルな世界を語る。

細野晴臣

中沢くんはこのあたりって来ることあるの?

中沢新一

そうですねえ。僕はやっぱり浅草の〈とんかつ ゆたか〉。

細野

僕ら2人とも出歩く目的は大抵、食べ物屋だな(笑)。

中沢

いや、でも僕は合羽橋の道具街に買い物に来ることもありますよ。さっき大きなざるを買ったのも、家の近くにいる雀たちにあげる餌を入れようと思って。細野さんは料理道具とか買ったりはしないの?

合羽橋〈ニイミ洋食器店〉店内
道具街では中沢さんはざるを購入。

細野

簡単な料理はするけどね、道具にこだわるところまでいってない。チャーハンとかチキンライスとか。色々と研究してるんだけど、やっぱりお店で食べるのと味が違う。道具にも何か秘密があるんだろうな。

中沢

僕もあんまり道具に凝ったりするのは好きじゃないんですけど。今日は普段は訪れることのない店も覗けて楽しかったですね。〈食品サンプル「まいづる」〉とか。

細野

あの食品サンプルのiPhoneケース(笑)。中沢くんは「ガラケー」だから使えなかったけど。

中沢

柿の種のサンプルのストラップを買いました(笑)。戦後のラジオ体操中継放送再開の地〈松葉公園〉なんてのもありましたね。

細野

寒い中、子供たちが元気に走り回ってて良かったな。最近はゲームとかバーチャルな遊びばかりが氾濫してるじゃない。

中沢

そうなんですよ。子供だけじゃなくて、社会全体から「リアル」が消えていってますからね。お金だって、世界中どこの都市に行っても、キャッシュレスの商売が当たり前になってきてるでしょう。いまだに現金中心の東京の方が今やマイノリティ。〈宮川刷毛ブラシ製作所〉もクレジットカードが使えなかったけど、このあたりの古い商店なんかはまさに貴重な存在なんですよ。

合羽橋〈宮川刷毛ブラシ製作所〉店内
大正期の創業以来、質の高い刷毛とブラシを作り続ける〈宮川刷毛ブラシ製作所〉。豚毛や馬毛などを使い、手植えにこだわったブラシは機械による大量生産のものとは違い、毛先が広がらず長く使えるとか。
合羽橋〈宮川刷毛ブラシ製作所〉のブラシ
細野さんは爪用ブラシを購入。

細野

本当にバーチャルなものに囲まれて、自然から隔離されてきているからね。かつては自然だったことも、今はどんどん自然じゃなくなってる。

すべて作りものの世界というか。映画なんか観ていても、最近の映画は何だかよくできた遊園地みたいなんだ。その場は楽しいけれど、最終的には何も残らない。

中沢

今、テクノロジーの進化によって、人間を取り巻く環境が根本から激変しているんです。これって人類史における大転換の真っ只中にいると言ってもいい。

その中で、これまで人間社会を支えてきた「家族」という単位が持つ意味も失われつつある。これは単に“親子関係が稀薄になって由々しい問題だ”なんていうレベルの話じゃないんです。

細野

そうなんだよ。静かに、すごい変化が起きている気がしていて。

中沢

はい。その反動としてアンチGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)的な動きが噴出するように出てくるのも、ある意味では自然の摂理のように思えます。

細野

確かに、バーチャルに対抗する動きにも面白いものが出てきている気がする。やっぱり「ガラケーに戻れ」かな、中沢くんみたいに。