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収蔵美術品ってどう扱う?東京国立博物館の「中の人」に聞いた、綺麗に保つための熟練のワザ

東博収蔵の作品は、通常ガラスケースの中に収まった状態しか見る機会がない。だが修復や調査、保存、手入れ、展示など、裏では毎日多くの人々が、作品を保ち、伝え、効果的に展示するために手を尽くしている。

初出:BRUTUS No.760「日本美術総まとめ」(2013年8月1日発売)

illustration: Kei Hagiwara

収蔵美術品の扱い方

絵画

繊細な紙や絹を安全に扱う熟練のワザ

絵画作品には掛軸、巻子(かんす)、屏風、冊子本などさまざまな形態がある。いずれにしても作品本体は紙や絹だから、気をつけて保管していかなければ、長い間無事に伝えていくのは難しい。作品をこれ以上劣化させることがないよう、展示に際しては光や温湿度を慎重に管理し、保管時も同様、色、素材の劣化や虫、カビによる害のないよう慎重に扱っている。

特に扱いに技術を要するのは掛物や巻子など、「巻き物」系だ。巻きがきつかったり細く巻きすぎたりすると、本紙(表具以外の作品本体)が傷むので、東博では保管用に太めの巻芯をあつらえていることが多い。巻き伸ばしを繰り返して鑑賞されてきた絵巻を扱う際には、傷んだ箇所に接することもある。

調査や貸借の際、担当の研究員は必ず全体を確認するのだが、他館の所蔵品は傷んでいるところなど注意すべき箇所がどこかわからない。左手で巻き物を広げる際に紙裏に触れて、折れがないか触感で確認しつつ扱っていかないと、傷みや破損を拡大することにもなってしまう。「2万回くらい取り扱いをすれば」紙の状態に応じた扱いを身につけられるそうだ。

ハギーK イラスト
巻き物の取り扱いは経験が命!
手と指の感覚が重要なので素手で。広げるときは肩幅程度、そのまま持ち上げるのは折れ曲がる危険があるので、絶対にNG。いったん左右に巻き取った状態で両手で持つ。古い作品では絵の具が浮いていたり、絹が劣化していたり、キケンがいっぱい。なので懐中電灯(それぞれの研究員がマイ懐中電灯を装備)で照らしながら確認する。

掛軸の場合、一般住宅の床の間なら手を使って掛け下ろしするのが最も安全だが、美術館・博物館の展示室では天井が高く、そうもいかない。その場合、天井のフックから下げる自在(東博には連結して使うオリジナル金具がある)、掛緒を引っ掛けて持ち上げる矢筈などの道具を利用している。長い矢筈(やはず)の先は掛け外ししやすい特別仕様で、新しく作る場合は先代の矢筈のカーブを忠実に再現してもらっている。

展示は担当者のセンスに任せられるが、展示室全体を見渡したときのバランス、作品がガラスの継ぎ目にかからないようになど、さまざまな配慮のもと位置が決まっていく。また作品の「高さ」も重要な要素。本館の総合文化展になると混雑することはあまりないから、一般的な体格の人が立って見たときの目線で見やすい高さに絵の中心が来るように掛ける。

だが混雑必至の特別展の場合、いったんは通常の高さで展示しておき、混み始めたら展示用の金具を調整して、一度に全部の作品を数㎝引き上げ、混み合う人垣の後ろからでも作品が見えるよう、準備しておくこともある。

刀剣

数百年をピカピカに保つための手入れ

よく考えると、何百年も前の刀剣がピカピカのまま残っているのは、驚くべきことなのかもしれない。誰かがずっと手入れし続けてきた、ということなのだから。東博が管理する平安時代から近代までの刀剣は約900口。

通常、刀剣は定期的に手入れを行い、錆の発生が防がれており、温湿度完全管理の収蔵庫に保管されている。手入れでは保存状態をチェックして、問題がなければ再び収蔵庫に戻し、修理を必要とする場合は研師と鞘師に修理を依頼する。ただし錆といっても、日頃の管理がいいので見つかるとしても肉眼で見えるかどうかの微細なもの。

可能な限り研ぎ減るのを防ぐため、研磨を施す際もその部分のみ丁寧に研ぐ。また研ぎの施され方も文化財を構成する一要素として尊重、江戸や明治の研ぎが失われないよう、現状維持を心がけているという。

それにしても刀剣の鑑賞は「書」より難しい。どこが見どころか素人にはわかりにくいのですが、と研究員の方に伺うと、「もちろん、機能的な意味はありますが、刀身の反りや刃文を、抽象美術のように見ればいいのでは」。はっ、それ、目からウロコでした!

陶磁

箱や仕覆、由来までが値打ちの内

展示ケースの中に並ぶのは茶碗や水指(みずさし)など、作品そのものだが、日本美術では、長い時間を経てきたものをかつて誰が所蔵してきたかを証す、それ自体「古美術」と呼べるような箱や風呂敷包み、添え状が重大な価値を持つ場合もある。

茶道具の中でも特に重く扱われる「茶入」は最初の所蔵者が作らせた箱自体を、その後の所蔵者が保管するための外箱、さらにその外箱、とマトリョーシカ状になったものも珍しくない。大げさな、と笑うかもしれないが、織田信長、豊臣秀吉と天下人の手を経てきた唐物の名品で、とか、蓋表の覆紙が利休自筆で、などと言われたら、それは外箱を作ろうか、という気分にもなるだろう。

陶磁器は刀剣や絵画ほど温度・湿度に左右されるものではないが、物理的な衝撃には弱いので、展示ケースはすべて免震システムを内蔵し、安全を図っている。茶道具の場合、なるべく茶室でのしつらいに近い見せ方をできるのが理想である。

今のところ本館4室「茶の美術」の突き当たりを床の間風にし、年4回の展示替えで、季節感を大切にしながら、並べ方を工夫するなどして雰囲気を味わえる展示を目指している。