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日本のスピリッツの可能性。岐阜県〈辰巳蒸留所〉

世界で蒸留所が勃興する潮流は日本全国津々浦々になだれ込んできている。ある者は日本の伝統的酒造りをベースに革新を求め、またある者は地域の生産者とともに独自の未知なる味を探す。ジン、ウォッカ、ラムなど既存の枠にとらわれない酒造りをする地を訪ねた。

Photo: Satoshi Nagare / Text: BRUTUS

日本の酒造りの土壌が育てた、
蒸留界のアンファン・テリブル

タガメのジン。水生昆虫であるタガメのハードリカー。恐る恐る飲んだときの鮮烈で爽やかな体験と薬瓶の美しいエチケットが忘れられない。酒好きの間では、完成度の高い酒造りが話題となっていたから〈辰巳蒸留所〉のことは知っていた。たぶん世界初、昆虫を蒸留する自由さ、それをきちんと仕立てる技術。岐阜・郡上八幡の蒸留家を訪ねた。

「繁殖期のタガメのオスのフェロモンは、青リンゴのようなフルーティな芳香がある。東京の〈ANTCICADA〉と共同開発しました。タガメの存在を味に感じられるように蒸留しました。うまくできたと思います」

辰巳祥平さんがこの地を訪れたのが2016年。そこから時を遡ること16年。高校時代長距離ランナーとして活躍した後、箱根駅伝常連・東京農業大学陸上部に入部。が、1年でけがをし、競技から距離をとる。ここから今に連なる辰巳さんの酒造りの歴史が始まる。

「陸上部を辞めた後、テントを背負って北海道1周1600㎞歩きながら、日本酒の酒蔵を巡りました。東農大という環境もあり、走るより酒造り、そして旅に興味を惹かれていたんです」

その後、休みを使っては焼酎、日本酒の蔵で住み込みで働く。

「九州の焼酎蔵をママチャリで巡ったときは“なんだか面白いやつがいる”と、蔵から蔵へと紹介をしてくれました。卒業後も、就職はせず、季節労働すること8年。秋から冬は焼酎や日本酒。7月から10月は山梨のワイナリー。独立したときに役立つだろうと少人数の蔵を巡りました。そのとき、発酵を学んだのは、今も財産です」

仕事が一段落したある日、岐阜のバー〈バル・バロッサ〉に赴く。

「バーに行く前に入った古美術店で、蒸留所するなら、郡上八幡がいい、と言われ。〈バル・バロッサ〉の中垣繁幸さんには伊吹山を薦められ、赴く。お茶を飲んでいた店でたまたま隣にいたおばちゃんが車で現地を案内してくれて。でもそのおばちゃんも郡上を薦める。それならば、と郡上に行ったら、フランスのアブサンの生産地であるポンタルリエと同じ地形で、ここだ!と思ったんです」

運命に導かれたこの地で始まった蒸留酒造り。キンモクセイ、フキの花、柑橘、桃、煎茶やワサビなどのボタニカルは、近くの農家から使ってほしいと言われ始めたものが多い。季節商品は年約24銘柄。コラボものや酒屋から発注されたプライベートボトルを数種。

「近くに飛騨牛を育てる大学時代の先輩がいて、今年は丑年だからコラボしようとなり。トリュフのスピリッツを、牛肉を蒸留したものにブレンドしたら、メスカルみたいなスモーキーな酒ができて」

様々な酒造りの現場で高めた技術力と知識、酒の神様から与えられた人と出会う運、郡上八幡に備わる最高の環境、そしてチャレンジ魂。「自分で飲みたいものを造りたい」と語る辰巳さんの遊びゴコロある発想の中に、日本のスピリッツの未来のカタチがある。

岐阜県 辰巳蒸留所〈酒屋あぶしん〉のバックバー
蒸留所をスタートして5年。年に約12,000本、これまでで約120銘柄を造ってきた。その一部が飾られる、たまにオープンする〈酒屋あぶしん〉のバックバー。