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建築家・田根 剛と造園家・齊藤太一は、理想のキッチンをどうつくったのか

長い時間をかけ、家づくりを共にした建築家と住まい手。彼らは使いやすく、美しいキッチンをどうつくりあげたのか。建築家が住まい手を改めて訪ねて語り合いました。「建築家に頼んだこと、建築家が考えていたこと、使ってみてわかったこと」

Photo: Norio Kidera / Text: Masae Wako

大地とつながるキッチン。
縄文の台所をお手本に

「山の水を汲み、洞窟で火をおこして煮炊きしていた縄文時代を思わせる、キッチンの原点に立ち返りたかった」と語る齊藤太一さん。〈GYRE.FOOD〉や京都新風館など、話題スポットの植栽を次々手がける人気造園家だ。

「わかるわかる。僕も縄文人の住居みたいな、自然と一体化した空間に惹かれます」と、これまた縄文推しなのは、世界的に活躍するフランス在住の建築家・田根剛さん。いや、実際に完成したのは、フレンチヴィンテージ家具が並ぶ洒落たキッチン空間なのだけれど。

「田根さんが新国立競技場のコンペに出した古墳のようなプランにぐっときて、自宅の設計を依頼した」と言う齊藤さんの家は、東京・世田谷の等々力渓谷を望む傾斜地に立っている。斜面をさらに掘り下げた半地下が、キッチンのある1階。東向きのカウンターに立って大きな窓ガラスの向こうを見ると、目線と同じ高さに地面や木の根っこがあり、50種以上の草木からなるジャングルがもりもりと広がっている。

「すぐ近くが渓谷で、建物の周りには湿気を含んだ植物や盛り土をした庭がある。その湿潤な景色を間近に見ながらシンクで水を使っていると、山の水や朝露で料理しているような気分になるんです。たまーにですけどね」と笑う齊藤さんは、忙しくても家族の朝食を作り、最新キッチン家電にも目がない料理好き。田根さんもフランスの自宅では、マルシェで魚を買い無心に料理する時間が何よりのリラックスだと言う。

理想は、料理することが
恋しくなるキッチン。

そんな田根さんいわく「僕たち2人とも、キッチンに必要なのが機能性だということは理解しています。でも今回優先したのは自然とのつながり。キッチンが、料理を作って食べるという原始的な喜びを生む場所であることを再確認したかった。機能的な厨房より、料理する時間が恋しくなる場所をつくりたかったんです」。

例えばコンロ周りの土壁。敷地から掘り出した土を使っていて、このキッチン空間が大地に埋もれていることを強く感じさせる。茶色のカウンターは、モルタルと樹脂を混ぜたモールテックス素材。選んだのは齊藤さんだ。

「シンクの中もモールテックスにしてもらいました。使い勝手でいえばステンレスが正解なんだろうけど、ウチは玄関が中2階で、家に入った誰もがキッチンを見下ろすことになる。どんなにプリミティブな厨房をつくっても、ステンレスのシンクが見えた瞬間に、現実へ引き戻される気がしたんです」

シンク向きの材でない分、せっせとオイルで手入れすることで、雨風にさらされた石のような質感になってきた。

収納もしかり。炊飯器やジューサーをカウンターに置くと窓からの眺めを遮ってしまうため、キッチン隣の通路に家電や食器の収納棚を造り付けた。行き来はちょっぴり面倒くさいけれど、一目瞭然のオープン棚にゆったり並べたそれらは、見た目も美しいし使いやすい。「自然とつながるキッチン」という一点突破的な思い切りが、予想外の心地よさを生み出したのだ。

プリミティブな空間に産業革命の頃のヴィンテージ家具を合わせているのも心にくい。インドのチャンディーガルで作られたピエール・ジャンヌレのダイニングチェアに座り、齊藤さんが料理する姿を見ていた田根さんは言う。

「窓の外の自然をどこからでも見渡せるよう、空間を仕切らなかったんです。だから、ダイニングに座ると料理している人の背中が見える。この風景がたまらなくいいですね。朝日を浴びて料理する両親の後ろ姿を、ダイニングで待つ子供が見てるって、幸せな風景の原点じゃないですか。料理する人も、目の前に土と緑があり、後ろから聞こえる誰かの声で安心する。作って食べる時間が愛おしく思えます」

2018年に竣工した造園家・齊藤太一さんの自邸。設計は田根剛さん。キッチンは土壁とガラスと植栽に囲まれた半地下にある。中2階の左奥が玄関。「仕切りがないのでキッチンにいれば家全体を見渡せます」と妻の優子さん。
左:田根 剛 右:齊藤太一