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料理好きの建築家・中村好文がつくった、人を寄せるキッチン。〈くるみの木〉オーナー・石村由起子が使ってみてわかったこと

長い時間をかけ、家づくりを共にした建築家と住まい手。彼らは使いやすく、美しいキッチンをどうつくりあげたのか。建築家が住まい手を改めて訪ねて語り合いました。「建築家に頼んだこと、建築家が考えていたこと、使ってみてわかったこと」

photo: Masanori Kaneshita / text: Mari Matsubara

建築家と施主の生活視線が
通じ合うキッチン。

奈良の〈くるみの木〉を拠点に、衣食住にまつわる素敵な暮らし方を発信し、今や全国に信奉者のいる石村由起子さん。還暦を過ぎ、夫婦2人のこれからの住まい方を考えて昨年夏、小さな家を持った。近鉄奈良駅から車で15分ほどの静かな集落に放置された、窓のない瓦屋根の古い道具小屋。前にガランと空いた野原は、奈良時代には薬草園だったという。あたりに流れる気配にいっぺんで虜になってしまった石村さんはこの小屋の借家権を得て、全面改装を建築家の中村好文さんに依頼した。

「工芸作家さんなど、作るものも暮らしそのものも、私が憧れる何人かの方のお宅が、好文さんの設計だったんです。どのお宅も雰囲気がとても素敵だったので、まずは〈秋篠の森〉(現在は閉館)、その後レストラン〈鹿の舟 囀(さえずり)〉の設計を依頼したら、自分で住みたいほどの心地よさ。なので、今回も好文さんにお願いしました」

シンクが設けられたチーク材のカウンターが、キッチンとダイニングをゆるく仕切っている。台所に立つ人と客同士常に会話が飛び交い、キッチンの反対側から手を伸ばして料理を手伝ったり、味見したりもできる自由さ。

60㎡ほどの居住空間の半分弱をキッチンとリビング・ダイニングが占める。オープンキッチンに立てば、目の前と右側の大きな窓から野山の景色が見渡せる。「台所に立ちながら夕日を眺めていると、ああ、なんて幸せなんでしょうと思えます」

料理好きの建築家がつくった、
人を寄せるキッチン。

中村さんがこれまで手がけてきた数々の住宅のキッチンには特徴がある。例えば特注のまな板。シンクの縁に架けて使えるので、洗いたての野菜を切る際、よっこらしょとまな板を移動させずとも、水がそのままシンクへと流れていくので、作業台を濡らさずに済む。まな板を水道の蛇口を挟んで置くこともできるように、くぼみもつけられている優れものだ。ちなみにキッチンカウンターの高さは88㎝とちょっと高め。

中村さんによると、「洗い物をする時、低すぎると腰を痛めるでしょ。それにやや高めにしておくと、お腹のところに水跳ねがしにくいんですよ。長年の経験でわかってきたことです」とのこと。その代わりコンロ台の方は、鍋の高さを考慮して、やや低めにしてあるのだ。

さらに収納にもひと工夫。“好文キッチン”を象徴する「皿を縦にしまう引き出し」だ。大皿を積み重ねて収納すると、下の方の皿は出しにくいし、重ねた時に糸底で表面を傷つけかねない。皿を立てて収納することで中身が一目瞭然、取り出しやすさは抜群だ。

「僕自身が台所仕事が好きなので、生活者の目線で気づいたことが設計に生かされていると思います」と中村さん。

石村さんは職業柄、そして大の器好きが高じて、食器は増えるばかり。なので、収納スペースはあらゆるところに確保してもらった。シンクの下のダイニング側から開ける引き戸の棚は奥行きが狭いが、グラス類や小皿、蕎麦猪口などを入れるのにちょうどいい。また、幅2mもの大きなガラスの引き戸がはまった場所は眺望抜群のベンチになっており、その下は収納にして客用の取り皿などをしまっている。

「キッチンの内側にも、軽い力で引き出せる引き出しに日々使う器をしまっています。開けた時にパッと何が入っているか見やすいんですよ」

実はこの日、竣工以来初めて泊まりに来た中村さん夫妻をもてなすために、石村さんはノンストップでおしゃべりしながら台所に立っていた。

「お客さんにはいつも、“ゆっくりソファでくつろいでいて”と言っているのに、いつの間にかみんなキッチンカウンターに寄ってくるの」

それほどに居心地のいいキッチンなのだ。床暖房完備の栗材のフロアは足元に優しく、石村さんの手際に見とれるうちに、振り返れば暮れかかる大和の空はあっという間に黒々と闇に包まれた。「さあ、食事にしましょうか」

石村由起子 中村好文
左:石村由起子 右:中村好文