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台湾・長濱。辿り着くのにも一苦労。東海岸の素朴な町には、それでも人が集う理由がある

牧歌的な風景が残る東海岸の都市といえば花蓮や台東があるが、そのどちらからも遠いのが台東縣の北東端に位置する長濱。それなのに(それゆえに?)ユニークな人たちを引きつけ、何やら面白いことになっているらしい。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Ikuko Hyodo / coordination: Mari Katakura

海と山に挟まれた、長濱という小舟に乗って

島を一周するように走る鉄道や、主要都市を結ぶ長距離バスなど、旅人にとって台湾の交通網は非常に充実していて快適だ。しかし、旅なのだから便利すぎるのはちょっと……という少々ひねくれた旅行者にとっては、デメリットとまでは言わないまでも、物足りなさを感じる要素かもしれない。

そんな台湾にも、陸の孤島と呼ぶにふさわしい場所がある。台東縣長濱鄉。台東縣の北東端に位置し、近隣の主要都市である台東市と花蓮市からは、共に90kmほど離れている。今回選択したルートは、台北駅から宜蘭、花蓮を経て玉里駅まで3時間ほど列車に乗り、そこから車で山越えをして40分ほど。これでもたぶん、最短ルートなのである。

長濱は地名が表すように、浜が長く、細長い地形をしている。どこへ行くにも海沿いの幹線道路を上ったり下ったりして、常に傍らには海が見えている状態なのだが、その反対側には常に山も迫っている。実際に来てみると陸の孤島というより、海と山に挟まれた小舟で漂っているようなちょっとした隔絶感だ。

台湾・長濱の景色
長い浜が続き、山も間近に聳(そび)えている長濱の地形。行きづらい場所だからこそ、海外に行けなかったここ数年注目されるように。

access:
台北駅から鉄道(普悠瑪號、自強號)で玉里駅まで約3時間。玉里駅からタクシーで長濱まで約40分。長濱での移動はタクシーをチャーターするか、バス、民宿の自転車を借りるなど。花蓮や台東からバスでもアクセスできる。

有名レストランを作った立役者は地元のお母さん⁉

旅人を高揚させるこの辺鄙(へんぴ)な土地に、都会に暮らす感度の高い人たちがこぞって訪れるスポットがある。長濱の恵みを生かしたフレンチレストラン〈Sinasera24〉だ。

「Sinasera」とは、この地に多く住むアミ族の言葉で「大地」を意味し、数字は日本でも古くから取り入れられてきた、季節の節目を表す「二十四節気」から来ている。

シェフの楊柏偉さんは、プロヴァンスの1ツ星レストラン〈La Bonne Etape〉、さらにマルセイユの3ツ星レストラン〈Le Petit Nice - Gérald Passedat〉でキャリアを積んできたのだが、台南出身の楊さんが長濱と関わりを持ったのは、渡仏前の兵役時代。といっても1年間、軍事訓練をしていたわけではなく、政府機関から小学校に派遣され、社会貢献として地元の子供たちに自身の得意分野である料理を教えたり、いわゆる食育を行っていたりしたのだ。

「夜は子供の親などを対象とした料理教室もやっていました。そのとき地元のお母さんたちが、長濱の特色のある野菜をたくさん持ってきてくれて、僕もいろいろと教えてもらったのです」

このときの縁で、楊さんは「フランスに長濱の食材を熟知した、凄腕のシェフがいる」という地元のお母さんたちの推薦もあって、ヘッドハンティングされる形で、長濱に戻ってくる。

「フランスでは、食材を重視することを経験として学びました。長濱は食材がとても豊かであることをすでに教えてもらっていたので、ここに来る決心ができました。漁港があって、すぐに新鮮な魚介類が手に入るところも、マルセイユに似ているんですよね」

Sinasera 24

長濱の素朴な自然が皿の上で輝く瞬間

地元ならではの食材を取り入れた本格フレンチで、海外から訪れる人も多いレストラン。高級レストランは3ヵ月に1回メニューを替えるところが多いが、長濱の食材の変化に合わせて2ヵ月に1回更新。撮影時のテーマは “PURE”。「自宅からここに来る道のりで自然の移ろいを感じて、料理のインスピレーションが湧くんです」。料理は海鮮をメインにしつつ、秋冬は原住民族が狩猟したジビエなども。

台湾〈Sinasera 24〉シェフ・楊
33歳の若きシェフ、楊さん。「長濱は黒糖や茶ノ実油、塩などの職人が多いのも魅力です」

長濱は旅先だけでなく、コロナ禍も相まって移住先としてもじわじわと盛り上がっているようで、移住した人たちが町を面白くする好循環が生まれている。彼らに話を聞いてみると、長濱にハマる入口として民宿の存在が大きいことがわかってきた。

日本と同様、台湾の民宿も基本的には個人経営の小規模な宿泊施設なのだが、日本人がイメージする昔ながらの庶民的なものとは限らないのが、大きな違いといえる。現在はクローズしてしまったのだが、とある民宿のオーナー夫妻に会いたくて、足繁く通ううちに自らも移住してしまったのが、カフェ〈巨大少年〉の陳良鎮さん。

〈沐山民宿〉の莊鎮宇さん・立欣さんは、夫婦揃って初めて長濱を訪れた際に土地を購入したツワモノなのだが、そのとき滞在したのも陳さんと同じ民宿。土地探しを手伝ってくれた人好きなオーナー夫妻は、彼らにとっても憧れの先輩だそう。

巨大少年

日本の音楽を愛する“少年”が丁寧に淹(い)れるハンドドリップ

陳良鎮さんは高雄出身。旗山でアートプロジェクトに携わった際、コーヒーの勉強をしたことで、移住先の長濱に一軒もなかったカフェをオープン。「ここは世界の果てみたいで、自分を見つめ直しました」。結果、とてもわかりやすいこの店名に。

メニューにはなぜか「尾崎豊」というコーヒーが。「玉置浩二が歌う『I LOVE YOU』が好きなので。玉置浩二のことは好きすぎて、コーヒーの名前にできません!」。こんなやりとりも含めていちいち楽しい、最果てのカフェ。

沐山民宿

憧れの田舎暮らしを体験できる穏やかな時間の流れる民宿

リビングには手作りの本格的な家具が置かれ、朝食には自家製パンや庭で採れたフルーツが並ぶ。そんな理想的な長濱ライフを、友人宅に遊びに来た感覚で体験できる民宿。

莊鎮宇さん・立欣さん夫妻は、新竹から移住して2018年4月に民宿を始めた。「大きな空と海と山が広がる風景は幸せを感じます」と立欣さん。広い庭や周辺を散策する時間も楽しい。

台湾〈沐山民宿〉莊鎮宇・立欣夫妻
大学の研究者だった鎮宇(右)さんと、IT企業に勤めていた立欣さん。「友達のようにくつろいでほしいです」と立欣さん。

不便なところで本屋をしている夢を見た

2019年にオープンした書店〈書粥〉の高耀威さんもやはり、民宿を営む友人がいたことで、長濱にちょくちょく遊びに来ていたのだが、高さんは台南の正興街というストリートを人気スポットにした仕掛け人。なのになぜ今、長濱にいるかというと、「不便なところで本屋をしている夢を見たから」だそう。「本屋は儲からなくて、経営するのが大変なイメージがありますよね。だから楽しい本屋をやろうと思ったんです」

それを具現化したのが、期間限定の店長制度。もともとは台南と長濱の行き来が多かったため、不在時の店番を探そうと思いついたのだが、最短7日間、最長21日間の住み込み、つまり宿代はタダで店長をしてくれる人を募集。台湾各地だけでなく、香港など海外から来る人もいて、募集を始める1月の時点で、1年間のスケジュールが埋まってしまうほどだ。

「軍人、声楽家、会計士、画家など、応募する人は年齢も職業もいろいろ。店長が次々と替わることで、店を訪れる近所の人たちも楽しめるんです。僕だけでは続いていなかったかもしれません」

書粥

今日はどんな店長が待っている⁉書店の新しい形を長濱で発見!

台南・正興街の街興しを成功させた高耀威さんが手がける、独立書店。置いているのは小説、旅行記、哲学書、実用書、マンガなどで、住民は古書とマンガを借りたりも(ちなみに高さんは大のマンガ好き)。

店番をしてもらう代わりに宿を提供する制度が話題を呼び、自分の店を開きたい人、旅をしたいけどお金がない人、普通ではない旅をしたい人などから応募が殺到。期間限定の店長がそれぞれの得意分野を生かして、本の購入者に絵を描いたり、自分で作ったお米を贈ったり、髪を切ってくれたりすることも。行き当たりばったりの出会いも旅の気分を盛り上げてくれるはず。

台湾〈書粥〉店主・高耀威
「夢(本文参照)では、書店とお粥店の両方をやっていた」と高さん。本当はどちらもやりたいそうで、開店初日と年に1度、お粥を配っている。

最近は“店長きっかけ”で長濱を訪れた人が、高さんの紹介で人手の足りない農業や黒糖作りの手伝いをすることも。困っている人を助ける、なんでも屋を始めた移住者もいる。高さんも流れ的に農業を始めたそうで、さらに古代カヌー造りに夢中になっている〈迷你義式冰淇淋〉の陳冠宇さんと〈長濱船團(船チーム)〉を設立。

狭いからこそ、人を辿っていけば楽しい何かが待っている長濱。
「いつまでここにいるかはわからない。また夢を見たら違うところに行くかもしれないからね」と高さん。旅も人生も、それくらい気負いのない方が、面白いところへ導かれるのかもしれない。

舞嗨 Wohay

料理を通してアミ族の豊かな文化や暮らしを感じる

アミ族の伝統的な料理を食べられる、2021年にオープンしたレストラン。オーナーの莊巧雲さんは台北や嘉義で働き、長濱に戻って民宿で朝ご飯を担当。「この土地ならではの野菜を使っていたらお客さんに喜ばれて、自分でレストランを開こうと思ったのです」。伝統的な仕込み方による塩漬け豚を使ったピザなど、アレンジ料理もユニークかつ絶品!

A-Wos農場

のどかな環境で飼育される高級食材、白カタツムリ

カタツムリはアミ族に馴染みの食材。畑や田んぼが広がる、一見普通の農場だが〈Sinasera 24〉や台北の高級レストランに提供している、珍しい白カタツムリを飼育。オーガニックの畑で飼育する様子を見学、エサやり、収獲(時期による)、そして気になる試食もすることができる。

台湾〈A-Wos農場〉文宏程
2018年に故郷の長濱に戻り、白カタツムリの飼育を始めた、研究熱心な文宏程さん。

金剛山 SurfMonkey 獨木舟基地

カヤックに乗って長濱を海から眺める

アミ族の葉南州さんと藤樫寛子さん夫婦による、カヤック教室。「長濱の暮らしと海は密接で、中学生は卒業冒険でみんなでカヤックに乗るんです」と藤樫さん。そんな人に教えてもらえるのだから、任せて安心!

深夜故事

ディープな世界への入口⁉長濱の玄関のようなバー

バーではあるが、炒飯や麺類、おつまみなどフードも一通りある。「友達と集まって、ゆっくり飲める場所が欲しかったんです」と話す黃貴忠さんは、長濱で生まれ育った28歳。「一人で来る人が意外と多く、ここでの暮らしについてよく話します」。中高年が労働後などに好んで飲む薬酒を、若い人が飲みやすいようアレンジしたカクテルが人気。

迷你義式冰淇淋 mini Gelato

季節感溢れる変わり種ジェラート

アミ族出身のシンガーソングライター、イリー・カオルーさんと夫で音楽プロデューサーの陳冠宇さんが営むジェラート店。2021年にオープンして、瞬く間に人気店に。なぜジェラートだったのか尋ねると「10歳の娘が好きだから」と一言。地元の旬の食材を使ったフレーバーが揃い、味は娘の太鼓判。