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政治学者・鈴木一人が選ぶ、現代を生き抜くためのブックガイド。キーワード:「地政学リスク」

変化のスピードが速い、時代の転換点に立つ私たちは今、どんな本を読めばいいんだろう。地政学リスクとは経済的合理性を超えて、戦争や紛争などの政治的争いが起きることをいう。反対に経済によって戦争や紛争を左右する「地経学」も重視されている。「地政学リスク」をテーマに、政治学者の鈴木一人さんに5冊を選書してもらった。

illustration: Ayumi Takahashi / text: Kazuaki Asato / edit: Emi Fukushima

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古典に学ぶ伝統的地政学と地政学リスク。今、注目すべきは「地経学」?

『三酔人経綸問答』中江兆民/著、『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』若泉敬/著、『地経学とは何か』船橋洋一/著
左から
(1)『三酔人経綸問答』中江兆民/著 鶴ヶ谷真一/訳
グローバルな視点で日本の民主主義を論じた135年前の名著。酔っ払った南海先生と洋学紳士、豪傑君の3人はそれぞれ異なる思想を闘わせる。光文社古典新訳文庫/1,144円。

(2)『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』若泉敬/著

沖縄返還交渉で密使として交渉を行った著者が暴露した舞台裏。沖縄への核持ち込み容認をめぐる密約が地政学的に言及されることが多いが、地経学の観点では「“糸”で“(沖)縄”を買った」と言われる日米繊維交渉にも注目。文藝春秋/品切れ。

(3)『地経学とは何か』船橋洋一/著
「地政学的課題を解決するために、経済を武器として使う」のが地経学であると端的に定義し、日本を取り巻く脅威に地経学で立ち向かう。日本の地経学のトップランナーによる、新時代のグローバルマップ。文春新書/990円。

そもそも地政学は学問とはいえず、安全保障を考える見方の一つです。伝統的地政学は、大国が大砲を並べて戦った時代に生まれた地理的条件を重視します。現代は大戦争が起こらなくなり、一時的に重要性が下がりましたが、ロシアのウクライナ侵攻を見ると、まだ有効な考え方のようです。

また「地政学リスク」は経済的合理性を度外視して、戦争など政治的争いが起こり、経済がダメージを受ける懸念を指します。現在のウクライナ情勢や台湾海峡の緊張など、国際政治が日本経済に与える影響のことですね。この言葉の流行も世界が不安定化した証しでしょう。

ところで最近、地経学も注目されています。これは戦争や紛争、政治的対立を経済的に読み解くもの。例えば、現在のロシアは半導体の生産能力が低く、経済制裁で輸入もできない。ミサイルに必要な半導体が確保できず継戦能力が低下しました。このように戦争への経済の影響を重視するのが地経学です。地政学と両方押さえれば、複雑な国際情勢をより多角的に捉えることができます。

『三酔人経綸問答』(1)はいわゆる伝統的地政学の時代に書かれましたが、ここには既に地経学の眼差しがあります。中江兆民は帝国主義の時代に、民主主義の重要性を考えた人です。“三酔人”とは、国家主義的な豪傑君とリベラルな洋学紳士、2人の思想を止揚する南海先生のこと。3人がグローバルな視点から日本の国際戦略を議論します。今見ると、地政学的な豪傑君と地経学的な洋学紳士の論争とも言えますね。

『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(2)は沖縄返還交渉の核密約について、密使だった若泉先生が真相を明かした本です。これも地政学と地経学の両面で読めます。返還交渉の裏では日米繊維交渉が行われ、日本の安価な繊維製品の輸出制限が沖縄返還の条件でした。政治イシューに経済的要素も複雑に絡み合った交渉だったのです。

『地経学とは何か』(3)の著者は、経済安全保障という言葉を1975年に使いだし、この本のもととなる連載もすでに10年以上続けています。多岐にわたる問題を早くから地経学で考え、体系化を試みた重要な本です。

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