第二作は墓碑銘の本
やっぱり、僕たちは「ことば」だね
杉山恒太郎
あるとき、娘が言ったの。「パパの本がガラスケースの中に入って売ってるよ」って。葛西さんに装幀してもらった僕の初めての詩集『高級なおでこ』がね。ビックリした。だって30年前の本じゃない。すぐに行ったの。代々木上原の古本屋に。「その本ください」って。すると、店長さんがすごくうれしそうにこう言ったの。「この詩集、すごく好きなんです」

杉山さんの初詩集『高級なおでこ』。1990年発売。葛西さんにとっても初装幀本。当時は「お互いに知ってるようで知らない」関係。「葛西さんデザインの広告がカッコよくてこれだと思って頼んだんです」(杉山)。太田出版/品切れ。
葛西薫
値段はいくらでしたか?
杉山
4000円ぐらいだったかなあ。状態が良ければ1万するみたいだけど。
葛西
著者割引はなしで?
杉山
それは言えなかった(笑)。とにかく、消費、消費、消費でやってきたじゃない、僕は。広告の人間だから。でもこの本は、経年劣化じゃなく「経年良化」。リーバイスの501みたいにさ。
あるいは、僕らにとっての稲垣足穂や北園克衛のようになってるかもしれないじゃない、古本屋の店長さんみたいな人にとってはね。そこにちょっと感動しちゃって。
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永遠の少年、稲垣足穂の名著。モダニズム文学の旗手・稲垣足穂。1927年出版の本書は、若き日の杉山さんが古書店で購入した稀少本。「足穂の“少年は夏の日の一日”という言葉が大好き。彼は永遠の少年」(杉山)
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詩人、写真家、デザイナー、編集者。明治生まれのモダニスト北園克衛。詩集『夏の手紙』は杉山さん、アート誌『VOU』は葛西さん所蔵。「彼の作品は今見ても斬新」(葛西)
葛西
この本は僕にとっても転機になった大切な一冊なんです。それまでグラフィックデザイナーとしてずっと広告ばかりやってきて、本の装幀はいつかやりたいと思ってたんです。そんなときに杉山さんから、しかも詩集という題材を与えられた。本の中でも詩集は特別で、装幀家の好きにできるという思い込みがありましてね。
活版で文字を組んだり、布張りにしたり、じゃあ、活字は精興社明朝体(*三島由紀夫や村上春樹など日本文学の多くで使用されているフォント)だと。僕は精興社の活字がいちばん好きで、本を作るときは絶対にそれで組むと決めてたんです。とにかく、わがままを全部聞いてもらえたのがうれしくて、デザインとタイポグラフィに没入したんです。
杉山
全部葛西さんにお任せして、あとは僕は原稿を書いて渡しただけで。
葛西
でも、今この本を見ると、アルファベットの組み方が縦横バラバラなんです。どうしてこうしたんだろう。
杉山
それは僕の見た目の気分だった。当時、句読点を打たずに文章を書くとか、そういうことに凝ってまして。無理な改行をしたりしてね(笑)。
葛西
ああ、北園克衛的な表現だ!
杉山
まさしく。僕は学生の頃から北園が大好き。「夏はお洒落なポエムの季節です グロキシニヤの花の蔭で あなたの手紙は読んでしまつた ホテルの甘いゼリイのやうに お!ボンジュウルも言はずに雨が降る」(「夏の手紙」)っていう詩にシビれてさ。だから、僕は文章を書くときはリズム。コピーライターとしてもラジオやテレビが専門だから、音がすべて。文章も音。ライバルは作詞家だと思っていた。
葛西
以前、谷川俊太郎さんと話す機会がありましてね。詩について彼はこう言ったんです。「言葉というものは、ビスやナットみたいなもので、詩は、いろんな部品を入れ替えるようなもの。視覚上のリズムや音で記すものなんです」と。「だからわからなくていいんです。なにかを感じてくれればいいだけで」というような意味のことを。それを聞いてなんだかうれしくなって。
杉山
まったく一緒。稲垣足穂的だね。
葛西
最近、デザインしてうれしかったのは、この本なんです。ペーター・ツムトアの『空気感(アトモスフェア)』。ツムトアは世界でいちばん好きな建築家。デザインをするのがすごく楽しかったんですが、こうやって見比べてみると、僕は、『高級なおでこ』から何も変わってないんだなあと思いましてね(笑)。
杉山
スタイルですよ。相変わらず危険な白い空間もある(笑)。葛西さんのデザインって、涼しげで上品、でもちょっと怖い。この白い余白にハッとさせられる、そこがたまらない!
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葛西さんの真骨頂。ツムトアの『空気感』。葛西さんがデザインしたスイスの建築家ペーター・ツムトアの本。「コメントを寄せたヴィム・ヴェンダースの言葉が立つよう広々とした帯にしました」(葛西)。みすず書房/3,400円。
死を思い、自らの生を問う
永遠の本『エピタフ』の夢
葛西
「作家は処女作に向かって成熟する」という言葉があるそうですよ。
杉山
そう、それ。だから「第二作(エピタフ)」をと思ったの。それがなぜ「墓碑銘」なのかというとね、僕はお墓はいらない派だったの、ずっと。でも、あるとき、親友が亡くなって。お墓参りに行ってね。すると、彼の墓石にはアラン・ケイ(*パーソナルコンピューターの父)の言葉が彫ってあった。「The best way to predict the future is to invent it. 未来を予測するいちばんの方法は開発すること」。ああ、彼はずっと自らこういう信念で生きたんだなあと、感銘して。
葛西
人となりがよくわかりますね。
杉山
それで、墓碑銘に興味を持ったわけ。例えば、サー・アーサー・C・クラーク。彼は晩年、スリランカの森の中で巨大なパラボラを建てて暮らしていて、エピタフは、「He never grew up, but he never stopped growing. 彼は決して大人にならなかった、しかし成長を止めることもなかった」。
葛西
いい言葉ですねえ。
杉山
フランク・シナトラはこうだよ。「THE BEST IS YET TO COME. お楽しみはこれからだ」。谷崎潤一郎はね、「寂」と一言。それで思ったの。世界中の素敵な墓碑銘を集めて本を編んで、最後は墓碑銘作家になろうって。
葛西
その人の遺言がない場合、杉山さんが考えてあげるってことですか?
杉山
そう。「君のお父さんはどういう人だったの?」と話を聞いてその人のことを言葉にする。これは夏にベルリンで買った活版刷りのポスター。墓碑銘じゃないけどいいでしょこの言葉。「Design will save the world. Just after Rock & Roll does.デザインは世界を救う。ロックンロールの後に」。こういうのを考えたいわけ。
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杉山さんがベルリンで購入したポスター。バウハウスの活字を3Dプリンターで再現、70年代の印刷機で限定50部印刷。ドイツのタイポグラファー、エリック・シュピーカーマンの作品。©2019 www.p98a.com
葛西
つい先日、日経文化欄で松家仁之さんが、丸谷才一の墓石の話を書いてましてね。「ばさばさと股間につかふ扇かな」と刻まれてるそうです。
杉山
辞世の句だ。カッコいい。
葛西
故人が言葉を残していってくれると、ずっとその人とつながってるような感じになりますよね。この本は僕の勤めていたサン・アドの恩師、品田正平さんが亡くなったときに先輩たちと作った追悼文集で、博学だった品田さんのお墓に彫られていたラテン語の「sit tibi terra levis」をタイトルにしたもの。「御身に土の軽からんことを」……なにか胸が熱くなります。
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故・品田正平に捧げる『sit tibi terra levis』。サン・アドの社長も務めた品田正平さん。葛西さんは品田さんに「広告とは何か」を教えられ鍛えられた。追悼文集は2004年死去の際に葛西さんらサン・アドのメンバーで制作。
杉山
まさにエピタフだ。
葛西
人を偲ぶ本はやりがいがあるんです。余計なデザインはせず、大切な言葉だけを残す使命に燃えますから。
杉山
いいねえ。葛西薫が燃える本。
葛西
死を思い自らの生を思う。ぜひ実現したいですね。まさに永遠の本になると思いますし。柔らかな手触りにしたいなあ。残るけれども、本そのものも年を重ねていくような。
杉山
書名は『エピタフ』。どう?
葛西
賛成です。片仮名で簡素に。
杉山
あとは、出版社を求むだね。
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