仕事のすべてを受け止めて支える、土台のような存在
フレンチヴィンテージと思(おぼ)しき机の天板が、朱(あか)や黒の漆で油絵のパレットのようになっている。漆がこってり重なっていたり、飛び散った跡が付いていたり。この机の上で職人が、どんなふうに手を動かしているのかが見えるようだ。
机の持ち主は、金沢に拠点を置く漆工の杉田明彦さん。静かな色気のある漆の器で、海外にもファンの多い作り手だ。2019年に、かつて加賀藩の足軽が住んでいたという木造家屋を購入し、1階を工房、2階を家族4人の住居に改修した。広い庭を眺める1階の床は、自ら施した黒塗りの拭き漆だ。
漆の世界は基本的に分業制。杉田さんは木地のフォルム作りにも関わるが、主な仕事は塗りであり、その多くがこの机で行われる。
「今日の作業は生漆(きうるし)と珪藻土と木粉と糊を練ってお椀の素地に塗る“下地”。天板の位置が低い方が力を入れやすいので、椅子を普段より高めに調節します」
漆や糊を天板に直接載せ、ヘラで力いっぱい練り混ぜる。それを素地に塗り、天板に残った漆は丁寧に拭い取る。それでも机には少しずつ仕事の跡が付いていく。
「こういう机は漆独特だと思います。そういえば、“まな板”と呼ばれる脚付きの机もあるんですよ。昔の塗師(ぬし)は床に座ってまな板で塗りや研ぎをしていたそうで、やはり天板には手の跡が残っています」
実際に使うことはなくても、かつての職人たちの息遣いや気概は身近に感じられる。それも含めて、この仕事場全体が机のようなものなのかも、と杉田さんは言う。
「ただ、漆の仕事って実はどこでもできるんです。これさえあれば」と机の上に置いたのは、石のようにも鉄のようにも見える「塗師箱」。ヘラや塗師刀(ぬしとう)といった道具を収めて持ち運ぶための木の箱だ。時には蓋の上で漆を練ることも。
「漆職人は弟子に入るとまずこの箱と塗師刀を自分で作ります。塗師刀は、ヘラを自分の使い勝手や仕事の種類に合う形に削るための小刀。毎日使って持ち運んで手入れして、そして独立する時に携えるのもこの箱なんです」
杉田さんの塗師箱も、師である輪島塗の塗師・赤木明登さんの工房に入った時に作ったものだ。独立してもうすぐ10年。ヘラも塗師刀も塗師箱も、すっかり体の一部、そして机の一部になっている。
「道具が体とともにあるものだとしたら、机は土台。仕事のすべてを受け止めて支える存在です」