これまで日本でもカルト的な人気はあったにせよ、50年以上にわたる音楽活動の中で、スパークスがこれほど注目を浴びたことがあっただろうか。そんなかつてない機会が今年訪れようとしている。
スパークスのすべてがわかると言っていい『スパークス・ブラザーズ』というドキュメンタリー映画と、スパークスが原案と音楽を手がけたロック・オペラ『アネット』が、ほぼ時を同じくして公開されるのだ。
前者の監督は、まだ『ラストナイト・イン・ソーホー』も記憶に新しいエドガー・ライト、そして後者は、『ホーリー・モーターズ』以来9年ぶりの新作となるレオス・カラックス。これはスパークス・ファンならずとも、映画好きなら興奮は隠せない。そこで、スパークス・ブラザーズこと、ロンとラッセルのメイル兄弟に、メールでインタビューを行った。
25枚のアルバムすべてを
『スパークス・ブラザーズ』を観てまず驚かされるのは、彼らがこれまで出した25枚のアルバムすべてについて詳細な紹介があることだ。
これは、もともとスパークスの大ファンでもある監督のアイデアだったそうだが、「僕らもそれを全面的に支持しました。僕らのキャリアパスは、ほかの同等のキャリアを誇るバンドとは異なり、過去に現在進行中で生み出しているものを凌駕するような、ある種の黄金期があるわけではありません。だから、25枚のアルバムすべてを扱うことが重要だったのです」(ロン)。
確かにスパークスは、時にファンを当惑させるほど、常に新しいことにチャレンジしてきた。それはサウンドだけでなくビジュアルにも及ぶ。
「僕らはずっと音楽的な感覚だけでなく、歌詞やイメージ、個性、スタイルがしっかりしているバンドが好きでした。そのバンドが表現するものを伝えるうえで、アルバムジャケットのアートワークやMVも同じくらい重要だと感じています」(ラッセル)
そして、そのインスピレーション源は、彼らが若い頃から影響を受けているヌーベルバーグやイングマール・ベルイマンのようなヨーロッパ映画にあった。
そのせいか、ラッセルが「そうした要素はアメリカ的な感覚ではしばしば見過ごされてきた」と言うように、彼らは母国アメリカでもヨーロッパのバンドだと勘違いされるような倒錯的な事態さえ起こったほどだ。
ついに実を結んだ、映画愛
そして、彼らの映画好きは、いつかミュージカル映画を作りたいという思いにつながっていった。「ミュージカル映画は、人が話す代わりに歌うという人工的な演出が魅力です。私たちは、台詞があってところどころに歌が入るようなミュージカルよりも、『シェルブールの雨傘』のような、すべてが歌で構成されたものの方が好きなのです」(ロン)
その思いが、ついに形となったのが『アネット』である。「レオスは70年代から我々の大ファンで、若い頃にレコード屋で『恋の自己顕示』というアルバムを盗んできたと語っていました(笑)」(ロン)。
『アネット』は、長くスパークスが温めていた企画だったが、カラックスが彼らのファンだったことで、監督に名乗りを上げたのだ。それは、結果的に全編が歌で紡がれる映画にはならなかったものの、書き下ろしだけではなく、カラックスの希望から既存曲の断片もちりばめられた、まさにスパークスならではのロック・オペラになっている。
そして、『アネット』は、フランスのアカデミー賞に当たるセザール賞で5冠を獲得しただけでなく、スパークスに最優秀オリジナル音楽賞をもたらした。「フランス映画のファンとして育ってきたアメリカ人として、フランス映画におけるこの上ない栄誉を手にすることは格別なことでした。C'est magnifique(素晴らしい)です!」(ラッセル)