火と水が生まれる地、南九州で心を鎮める旅〜後編〜

山は水を生み、火の力を抱える。山岳信仰を基本とする日本の自然崇拝を実感するために向かったのは南九州。私たちが崇め、神を見た風景に出会う旅。「火と水が生まれる地、南九州で心を鎮める旅〜前編〜」も読む

Photo: Satoko Imazu / Cooperation: Kumamoto Prefecture

川音を耳に残したまま、さらに南へ。肥薩線から日豊本線、指宿枕崎線と乗り継ぎ、鹿児島県南端の指宿に降り立つ。指宿は砂むし風呂が有名な温泉郷だが、ダイナミックな自然景観に溢れた土地でもある。

干潮時のみ砂の架け橋が現れる知林ヶ島や、九州最大のカルデラ湖である池田湖なども知られるが、指宿のシンボルといえば、やはり開聞岳だろう。山麓にある枚聞神社の御神体として崇められており、天照大神の孫である瓊瓊杵尊が指宿を訪れ、その雄大な眺望を賞したという神話が残されている。

瓊瓊杵尊は開聞岳麓の川尻海岸を散歩している時、美しい木花咲耶姫に出会い、結婚している(海岸は神様のデートコースだったのだ)。

擬人化された民間伝承の類いも数多く、硫黄島とケンカをして火縄を投げつけた、なんていうエピソードも。民謡に歌われたり、占いのモチーフにされたりもしており、地元で親しまれ、人々と共に暮らしてきた“神様”であることがよくわかる。

ただ、開聞岳はやはり火の山である。885年を最後に噴火はしていないが、2000年には噴気を上げて、端正な山容の影に潜む強烈なエネルギーを垣間見せた。

薩摩半島最南端の長崎鼻から海越しに開聞岳を望む。山頂部にかかる厚い雲を噴煙に見立てると、古来畏怖の対象であった開聞岳の本当の姿が浮かんだ。

お湯の力で蘇生する?
日本人の温泉信仰

今回の旅で訪れた阿蘇、人吉、指宿に共通するのは温泉に恵まれていることだ。言うまでもなく、日本は温泉大国。そして温泉信仰も強い。各地に神や仏が鳥獣に化けて温泉の在処を教えたというような伝承が見られるし、少彦名を祀った温泉神社や薬師如来の温泉寺も多数建立されている。

湯治、療養に用いられる温泉は、いわば自然の医療施設であり、その治癒力に対して信仰が根づいていったことは想像に難くない。そもそも湯は自然における火と水の結合体。巫女が笹に浸した湯を自身や周囲に振りかける「湯立」によってお祓いをするのも、湯の霊力に対する日本人の自然信仰の一例だ。

と、分析するまでもないかもしれない。温泉に浸かれば、思わず「生き返る〜♨」と口にしてしまう人も多いのでは?
湯に宿る蘇生の霊力を、日本人は自然に感じ取っている。体の芯から九州の大地のパワーを体感したいなら、温泉宿を選ばない手はない。

池田湖に棲むのは伝説の竜神?
UMAのイッシー?それとも?

指宿の池田湖にも伝説がある。ある日、池田湖畔の草むらに、頭だけ人間で首から下が竜の姿をした者が寝ていたのを農夫が見つけ、持っていた短刀で首に斬りつけた。竜は血を流して湖に消えていったが、その晩農夫は突然死。祟りを恐れた親族が竜を「池王大明神」として祀ったというお話。

しかし、竜神よりもメジャーなのは「イッシー」だろう。1978年9月、住民20名が湖面にうごめく全長20mほどの黒い影を見た。池田湖の怪獣イッシーとして話題になったが、その後はっきりと姿が捉えられたことはなく、今も謎の存在のまま。観光客を呼ぶキャラクターとしては大活躍なので、ある意味“守り神”であるのは間違いない。

ちなみに実際に紛れもなく池田湖に生息しているのは大ウナギである。体長2m、胴回り50㎝にもなる大きさは、十分に湖の主の風格がある。湖畔のレストランのメニューに「イッシー丼」というものがあったので注文してみると、ウナギの蒲焼きがのっていた。

九州の地図
map/Tube graphics
九州の地図

南九州の自然を巡る旅には、ローカル鉄道がよく似合う。

九州新幹線の全線開業によって、南九州への旅はより利便性が上がった。また、ローカル線でゆったり各地を巡るのもいい。
今回の取材で訪れた、阿蘇山界隈や〈界 阿蘇〉へは熊本駅から豊肥本線。人吉、神瀬洞窟の熊野座神社へは熊本駅から鹿児島本線、肥薩線。開聞岳の聳える指宿へは鹿児島中央駅から指宿枕崎線を利用した。九州には趣のある観光列車が多いので、それらを利用するのも一興だ。

交通:九州新幹線は博多−熊本間を最速33分、博多−鹿児島中央間を最速1時間19分で運行。そこから阿蘇、人吉、指宿へは観光列車がオススメ。
食事:肉や魚介などの指宿の産物の上に温泉卵をのせるご当地グルメ、その名も「温たまらん丼」。
季節:梅雨を除けば、南九州は年中ベストシーズン。緑の濃い夏もいいが、秋の紅葉も捨てがたい。
見どころ:球磨川は日本三大急流の一つ。ラフティングで川を下るのも人気のアトラクション。
その他:阿蘇山中岳の火口近辺は火山ガスの発生状況によって見学制限されるので、事前に確認を。