火と水が生まれる地、南九州で心を鎮める旅〜前編〜

山は水を生み、火の力を抱える。山岳信仰を基本とする日本の自然崇拝を実感するために向かったのは南九州。私たちが崇め、神を見た風景に出会う旅。

Photo: Satoko Imazu / Cooperation: Kumamoto Prefecture

土地を作り出した
阿蘇山に見る神話の風景

熊本は「火の国」と呼ばれる。かつて熊本が肥後と呼ばれていたのも、「火国」が「肥国」と変遷したのち、肥前と分かれた結果の名前だ。なぜ「火の国」か。その由来については、古代、景行天皇の乗った船が暗い海で方向を見失っていた時に、岸の方から突然火の光が上がって行き先を示したという伝説など諸説ある。

ただ、現在熊本県が持つ「火の国」のイメージを象るのは、阿蘇山をおいてほかにはないだろう。

夏の阿蘇は緑に包まれる。世界有数のカルデラの大草原、それを取り囲んで静かに佇む外輪山、美しく波打つ火砕流台地。そのすべてが穏やかな緑を纏っているが、これらの景観は9万年前までの阿蘇山の大噴火によって生まれたもの。9万年などというと太古の話だが、阿蘇山は現役バリバリの活火山だ。今も中岳の火口からは噴煙が立ち上っている。

火のエネルギーは土地を作った。そして緑を育んだのは水の力だ。阿蘇山上の年間降水量は全国平均の約2倍。大量の雨は火山灰層を天然のフィルターとして地下に染み込み、長い年月を経て清水として湧き出る。

阿蘇山周辺には多くの水源が点在しており、田畑の灌漑用や飲料水として、人々の暮らしを支えている。阿蘇山や周辺の山々は、土地を潤す巨大な水瓶のような役割も担っているのだ。

阿蘇山の持つ火の力、生み出す水の力によって、一帯の豊かな自然と人々の生活は育まれた。そして、人々は阿蘇山を崇めるようになり、そこに一人の神を見出した。阿蘇神話の主役である健磐龍命である。

命は神武天皇の孫にあたる。天皇は九州を出て大和を平定したが、九州統治のために若い命を降した。阿蘇が気に入った命は、外輪山内にあったカルデラ湖を干させ、開墾しようとした。そして湖水を抜くために岸を蹴破ると、そこから一気に水が流れ落ちた。それが数鹿流ヶ滝になったという。

また、阿蘇山のマスコット的存在である米塚は、そうして命が開墾した田んぼで収穫した米を積んでできたもの。山頂が窪んでいるのは、貧しい村人に振る舞うために手ですくった跡なのだそう。今、命の神霊は中岳火口を神霊池として、そこに鎮まっていると信じられている。

神話とは何なのか。それは人々が自然に示す感謝と敬意の発現なのだということを、阿蘇で出会う風景が教えてくれる。

川に育まれる人吉から
山に守られる指宿へ

阿蘇から熊本駅へ戻り、行き先を南に定める。鹿児島本線、肥薩線に乗り、車窓を眺めているうちに人吉駅に到着。熊本県の最南端、人吉は古き城下町の佇まいを残す町だ。そして川の町でもある。町を東西に球磨川が貫流し、郊外に出れば、その恩恵を受けた豊かな森林や田園風景にすぐ出会える。

川を左に見ながら国道を西に進むと、道沿いに見逃しそうなほど控えめな御影石の鳥居が見つかる。鳥居をくぐって参道を登った先は神瀬石灰洞窟へとつながるのだが、突然開ける岩の洞口には言葉を失うだろう。

間口45m、高さ17m、奥行70mという洞口は、実は日本最大。その威容の中に、岩に包まれるように鎮座するのが熊野座神社だ。球磨川と鍾乳洞の狭間に作られた祈りの場には、時間を遮断したようなしんとした静けさが漂い、神聖な空気を纏っている。参道の脇には祠が祀られていて、「長命水」の岩戸水源がある。透明度の高い水を口に含むと体がすっと浄められる気がした。