最果ての島国に残るケルト文化を訪ねる。アイルランド島〜前編〜

ヨーロッパ大陸の北西沖、グレートブリテン島の西に位置するアイルランド島。そこにはかつてヨーロッパ全土に広がっていた自然を崇めるケルト文化が、いまなお色濃く残る。

Photo: Tetsuya Ito / Text: Kunichi Nomura

ケルトとは一体何なのか、
を感じる旅へ

アイルランド。ヨーロッパの辺境の国であるこの国の名前を聞いて連想するものとは何だろう?

ビール党はもちろんギネス。酒はウイスキーに限るという硬派はブッシュミルズ。ロックをこよなく愛するあなたにとってはU2。音楽に癒しを求める人は歌姫エンヤ。きっとそんなところだろう。

そんなアイルランドを表す言葉として世界中に知られている言葉がある。ケルト。

スコットランド ダルース城
時の流れに風化しながら佇む古城跡。そんな遺跡はアイルランド中に無数に存在する。写真はブッシュミルズ西側の海岸線の断崖絶壁。スコットランドのマクドネル一族が建てたダンルース城。

かつてイギリスやアイルランドに住んでいた古の民であるケルト民族と、彼らが信仰していた宗教を表す言葉。口述で伝えられてきたケルト神話や、ケルトクロスと呼ばれる独特の円が組み合わされた十字架が立ち並ぶ霧に包まれた深い森と湖、そして古代からの自然崇拝。ケルトという言葉はそんな幻想を抱かせる。

ケルトの民と呼ばれるのは、青銅器時代から鉄器時代の間に中央ヨーロッパを中心に栄えた民族。彼らが自らそう名乗っていたわけではなく、後世の者たちが、わかりやすく一括りにするためにつけたものであり、彼らが自分たちのことをケルトの民として自覚していたわけではないらしい。

らしいというのは、文字を持たなかった彼らのことを知るのは容易ではないからだ。鉄製の武器を持ち、戦士たちによって統治されていた彼らの姿は、彼らと出会い闘ったローマや他の民族たちの記録によってのみ知ることができる。

彼らはやがてローマとの戦いに敗れ、大陸の果てへと移動すると征服され、ローマの文化の中に吸収され、消えていく。そのようなケルトの民たちとその文化が、どのようにしてヨーロッパの辺境だったイギリスやアイルランドに渡ったのかは、今でも議論の的になる考古学上の謎だ。

最新のDNA技術によるとケルトの民がこれらの島に実際に移住した形跡がほとんどないことがわかってきた。

ケルト独特の文化や紋様も、ラ・テーヌ文明と呼ばれる大陸のケルトから派生したといわれていたが、その関係性にも疑問が投げかけられ、それがどこに由来するものなのか、今もって確かなことはわかっていない。唯一証明されている関係は、ケルト由来の言語であるゲール語という言語だけだ。

ケルトとは一体何なのか?今もアイルランドにその痕跡は残るのか?
本を読むだけではわからないケルトを肌で感じるため、北の大地が短い夏に萌える時季にアイルランド島を訪れた。

アイルランド 巨石ドルメン
牧場の中に忽然と姿を現す巨石ドルメン。石の机を意味するこれは石器時代、ケルトの時代の遥か昔の先住民によって築かれた支石墓。至るところにあるドルメンを、悠久の流れを感じに人々は訪れる。