最果ての島国に残るケルト文化を訪ねる。アイルランド島〜後編〜

ヨーロッパ大陸の北西沖、グレートブリテン島の西に位置するアイルランド島。そこにはかつてヨーロッパ全土に広がっていた自然を崇めるケルト文化が、いまなお色濃く残る。「最果ての島国に残るケルト文化を訪ねる。アイルランド島〜前編〜」も読む

Photo: Tetsuya Ito / Text: Kunichi Nomura

緑豊かな大地に残る遺跡に
佇むと心が穏やかに

旅はアイルランド西海岸一の都市であるシャノンから始まった。そこから海岸線を北上していく。ゴールウェイ、ベルファスト、ダブリンまで。「緑の絨毯」、アイルランドを表すのにこれほどふさわしい言葉はない。

緑は海岸線の端まで延び、氷河が作り出したうねるような丘陵地帯を雲の影が走り去っていく。そしてそこでゆっくりと草を食む羊や牛たち。辺境の地と呼ばれたこの国の風景には日本人の胸を打つ何かがある。それは緑豊かなその大地の上に、まるで忘れ去られた道祖神のように様々な時代から残された遺跡たちの姿があるからだろう。

ケルトと呼ばれた文化の遥か昔、4500年前に先住民たちが作ったドルメンと呼ばれる墓石や、5世紀頃修道士たちによってキリスト教が伝えられ、独自のケルト教会様式として興隆した修道院の朽ちた姿、日差しの中に輝くケルトの象徴ハイクロスに中世の城跡。

それらが特別に仕切られることもなく、あたりと同化しながら自然な形で存在している。かつて日本の田舎にもあった光景をその中に見たような気がして、懐かしさの中に心が穏やかになるのを感じた。

最初は、遺跡を目にするたびにどれがケルトでどれが違うのか混乱しながら見ていた。だが旅を続けるうちにそんなことに意味などないと気づく。アイルランドに古くから伝わるもの、いやアイルランドに生きる人も、全てをケルトとして捉えればいいのだ。アイルランドを旅すること、それはケルトを旅するということになるのだ。

そんな思いを強くしたのは、移動に疲れると街に止まってはギネスを飲んでいる時だった。街で見かける人々は誰もが人懐っこく、陽気で明るい。幾度もの侵略や飢饉を経験し、決して豊かではなかったこの国の人たちはとても楽しそうに酒を飲み、歌う。

あらゆるパブにバンドが出演し、人が歌う様は圧巻だ。聞けば芸術を愛するアイルランドは彼らから所得税を取らず保護しているという。それこそアイルランドが今もケルトの国なのだという証なのだ。

ケルトの時代、社会で宗教的指導者としてだけでなく、全ての物事において重要な役割を果たしたというドルイドには、祭司としての役割だけでなく、吟遊詩人としての役割もあり、その歌には特別な力が存在すると考えられていた。そしてそんな彼らは兵役も納税の義務もない特権階級だったのだから。

ホスピタリティのよさと
新鮮食材に黒ビール

アイルランドは面積が北海道と同じ程度の小さな島国で、1週間もあれば車で一周できる、旅のしやすい国。どんな街にもホテルやB&Bが存在し、人々は旅行者にも親切で、気さくに話しかけてくる。

また新鮮な食材を使った料理や自慢の黒ビールは、ヨーロッパの中でもかなりの高レベル。日本と同じように四季のある国だが、緯度が高いにもかかわらず、近くを通る暖流のため一年中霜も降りない常緑の国だ。

しかし、注意したいのは変わりやすい天気。一日の間でも晴れたり、雨が降ったりコロコロ変わり、日差しの有無で体感温度も大きく変化する。Tシャツ1枚の晴れの陽気と思っていたのが、午後には雨と共に防寒着が必要と感じることもしばしば。

また、島の北側にはイギリス領土となる北アイルランドがあるため、はっきりとした国境はなくとも通貨が変わるのも注意点。アイルランドではユーロ、北アイルランドではイギリスポンドが通貨だ。

アイルランド有数の名門ホテル〈Harvey's Point Country Hotel〉
Harvey’s Point Country Hotel(ハービーズ・ポイント・カントリー・ホテル)。湖畔の静けさと地元産食材を使った料理が自慢の、アイルランド有数の名門ホテル。

ケルトの民が奏でるどこか懐かしく
郷愁をそそる旋律
この国では音楽は欠かせない

アイルランドといえば知る人ぞ知る音楽の国。そんななか、口にされるのがケルト音楽なるジャンル。アイルランドやスコットランド発祥の民族音楽がケルト音楽として認知されるが、そもそもその民族音楽もケルト由来のものなのかは文化、民族と同じように確証がない。

自分たちをケルトの民として捉え、その奏でる音楽がケルト音楽だと言えばケルト音楽として成立する、そう考えるのが正しいのかもしれない。

精神性だけをケルト由来としてあらゆる音楽を演奏してもケルト音楽と呼ばれるので、これぞケルト音楽と定義するのは難しいが、入門篇として手を出しやすいのが、神秘的な音でこれぞケルト音楽というイメージを作り上げ、ここ日本でも大ヒットを飛ばしたエンヤや、ポップなメロディ構成で世界的な成功を手にした姉妹バンド、コアーズ。

もう少しルーツを知りたければ、伝統的な音をモダンにアレンジし、国民的ケルト音楽バンドとして世界的な評価を得たチーフタンズがお薦め。

首都ダブリンの路上ミュージシャン
首都ダブリンの街を歩けば、そこかしこから聴こえてくる生演奏の音。競争率の高さからか、当然、路上ミュージシャンたちの腕は悪くない。

アイルランドの地図
map/Tube graphics
アイルランドの地図

緑豊かで牧歌的な風景の中を走る整備された道で快適な旅へ。

今回我々はシャノン国際空港から入り、アイルランド島の北側の沿岸4分の3を回るようなルートでダブリンまでを車で旅した。
道路は整備され、快適に回ることができた。アイルランド政府観光庁のHPでは、見どころの多いアイルランドを効率よく回るため「世界遺産ルート」「自然・遺跡ルート」「キャッスルルート」の3大ルートを提案。旅のルート決定の参考にしてみては。

交通:日本からの直行便はなく、ロンドン、パリなどから乗り換えで。国内交通はバスが充実。
食事:シンプルな調理法で食べる地元食材のレベルは、ヨーロッパでも上位といえるほど高い。朝食をしっかり食べるのもアイルランド流。
季節:緯度のわりには温暖な気候。ただし雨も多く降り、一日の寒暖の差もある。防寒雨具は必携。
見どころ:豊かな自然とそこに点在する古代の遺跡。廃墟の多さはマニアが世界から集まるほど。
その他:ケルト文化を伝えるゲール語は第1公用語。西海岸では日常語として使っている地域も。

モハーの断崖
ヨーロッパ一の高さを誇るモハーの断崖。