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駒沢の書店〈SNOW SHOVELING〉が、旅するブックストアに変身した

世田谷のマンションの一室で古本と新刊を扱い11年。コアなセレクトと、誰かの書斎に招かれたかのような佇まいで本好きを魅了してきた書店が、外に出た。ワゴンを走らせ、全国の読者に会いに行く理由とは。店主の中村秀一さんに話を聞いた。

photo: Jun Nakagawa(event), Shuichi Nakamura(Car) / text&edit: Mako Matsuoka

運命を変えた元移動図書館車との出合い

駒沢公園から徒歩20分の距離にある隠れ家的存在の書店〈SNOW SHOVELING〉。店主の中村秀一さんが影響を受けてきた村上春樹の作品をはじめ、国内外の古書と新刊やzineをセレクトする。ショップではソファに身を預けて本を読み耽る人や、おしゃべりを楽しむ人など、気ままに過ごすことができる。定期的にブッククラブ(読書会)などのイベントも開催し好評だ。

そんな読書家の憩いの場がこの秋、マンションを飛び出して〈SNOW SHOVELING BOOKS ON THE ROAD〉という名で移動式ブックストアを始める。なぜ、いま街へ出かけるのか?

〈SNOW SHOVELING BOOKS ON THE ROAD〉の完成イメージ図。
〈SNOW SHOVELING BOOKS ON THE ROAD〉の完成イメージ図。

「昨年でオープン10周年を迎えたのですが、その直前に新しいチャレンジをしていない自分に焦りが芽生えたんです。次のステップを模索していたところに、偶然にも現役を終えた移動図書館車を見つけました。

すると10〜20代前半の放浪していた頃の記憶が蘇ってきて。店の切り盛りを理由に大好きな旅を諦めていたけれど、本を持って出かければいいと考えが切り替わりました。国内に点在する未来の友人に僕から会いに行こうと思ったんです」

新たな夢の舞台を自らで塗装

2022年の夏。中国地方で販売されていた移動図書館車を引き取り、運転しながら東京へ戻ってきた。
「700kmもの道のりをニヤニヤしながらドライブしていました。改造案や屋号名をはじめ、この車を使ってやりたいことの妄想が膨らむばかりで……。久しぶりにワクワクしています」

帰京後、すぐさまリモデルに着手。ホワイト×ブルーに虹が描かれていたボディカラーはオリーブグリーンに、白い棚は茶色に塗り替えてシックに生まれ変わらせた。そしてワゴンの名前はジャック・ケルアックの小説『オン・ザ・ロード』より拝借し、〈SNOW SHOVELING BOOKS ON THE ROAD〉とした。

旅をしてきた八百屋〈青果ミコト屋〉で実験販売

車両が90%ほど出来上がった8月下旬、プレオープンを迎えた。場所は横浜市青葉台の〈青果ミコト屋〉の敷地。この店を象徴する「旅」や「食」、青空の下でこそ読みたい「アウトドア」をはじめ、〈SNOW SHOVELING〉の真骨頂でもある「村上春樹」「アメリカ文学」「カウンターカルチャー」といった8ジャンル700冊がずらり。野菜やアイスクリームの購入ついでに、気になる一冊を手にする客も多く、本との出合いに胸をときめかせていた。

「〈青果ミコト屋〉のように地域に根差した場所で実験ができたのは収穫でした。お客さんと顔の見える付き合いをされているからこそ、移動式書店もおもしろがってくれる。理想的な空間でしたね。

出店先との親和性が高いと、グッドバイブスが生まれるのも分かりました。これから向かうエリアでは〈SNOW SHOVELING〉を知らない人の割合が高くなっていきます。バイアスのない状態でお話しすることになるので、気を引き締めなくては」

本格始動に向けて大きな手応えを感じたよう。赴く先でのセレクトはどうなっていくのだろう。
「ブックストアの特色を活かしつつも、出かけるショップやエリアに合わせた選書を目指します。9月末から12月の間に実施する全国ツアーでは、その土地の古本屋や骨董市などを巡って、商材やお土産品を調達しながら移動する予定。風土色をぐっと濃くするつもりです。

今のところ確定しているのは盛岡の『BOOKNERD』をはじめ東北が中心です。行き先を道すがらで決めていくのもアリだと考えています。それこそが旅の醍醐味でもありますしね」

ちなみに、どこまで走って行くつもりかを聞いてみた。

「沖縄まで!と言いたいところですが、残念ながら陸路がないので(笑)。北海道から九州ですね。特に書店がない地域を訪れたい。ベーカリー、ホステル、ギャラリーなどジャンルを問わず、僕を呼んでくれるならどこへでも駆けつけます。店舗を構えて、用がなくてもフラッと立ち寄れる場所が存在することの重要性を知りました。本を通じていろんな人が交流するサロンを路上でも開きたい。そして、なによりも、僕自身が一期一会を心から楽しみたいんです」