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木村和平と島口大樹が切り取る。下北沢、クラフトビールのある風景

劇場や古着店のみならず、個性豊かなクラフトビール店もまた、下北沢という街を形作る要素の一つだ。かねて親交のある写真家の木村和平さんと小説家の島口大樹さんが巡ったのは、5つの店。そこでの穏やかな光景を、それぞれが切り取った。

photo: Kazuhei Kimura / text: Daiki Shimaguchi / edit: Emi Fukushima

写真/木村和平 文/島口大樹

下北沢を歩いていると、近辺に住んでいる友人や馴染みの店が多い訳ではないのに、いつも誰かに出会(でくわ)すんじゃないかと思う。狭い街路やそれほど高くはない建物の並び、そのスケール感が、道行く人々を背景に、匿名性に押し込めることがないからだろう。

街の断片と一個人が同じ重みをもって視界に飛び込んでくる。個性的なお店の数々は、街に溶けあいながら街を成し、どんな一個人をも迎え入れるのだろう。喫煙所でそんなことを考えていると、丁度、和平さんと出会した。

最初に僕らが訪ねたのは〈Small World〉だ。歩道に面したガラス戸は光を目一杯に取り込み、花柄の壁紙を一層鮮やかに浮かび上がらせていた。レコードの輸入販売も行っているそうで、流れる音楽に身を沈めながら、ビールと共にビリヤニを頂いた。店主の方が僕の小説を読んでくださっていたらしく、改めて人と人が交わること、出会うことの不思議を、身をもって感じた。

下北沢〈Small World〉店内

Coaster〉は広い店内が印象的だ。戸や窓は開け放たれ、通りの風が緩やかに流れこんでくる。一人のお客さんから家族連れまで客層は幅広く、皆が思い思いに過ごしており、ハンバーガーを頬張る小さな子と眼が合うと、彼女はこちらに微笑みかけた。

下北沢〈Coaster〉クラフトビールとハンバーガー
下北沢〈Coaster〉店内

yup!〉はクラフトビールのみならず、ドーナツやコーヒーも魅力的なお店だ。元々はガレージだったらしいその場所は瀟洒(しょうしゃ)な空間へと変貌しており、ビールの後味と相まって、爽やかな風が体の内側を吹き抜けていくように感じた。

お店を出てはまた歩き、先程とは別の小径を抜けていく。コロナがあって暫(しばら)く訪れなかった間に、見慣れない建物や施設が増えていた。

「でも、この辺はわりと昔のまんまだ」
とある角を曲がった所で、和平さんがそう呟(つぶや)いた。街は移ろいゆき、そこで過ごす人もまた当たり前に入れ替わっていく。けれど、変わらないもの、受け継がれていくものもまた計り知れないだろう──殊(こと)に下北沢という街においては。

TAP&GROWLER 東京 下北沢店〉ではクラフトビールの量り売りを行っている他、店内で角打も可能で、色んな楽しみ方ができる。専用の機械でグラウラーにビールを注いでもらい、いつまでもちますかと尋ねると、「みんなそれ聞くけど、どうせすぐ飲むでしょ」と店主の方が笑って、そうですね、と僕らも笑った。

北沢小西〉には見たこともない柄や名前の缶、瓶がずらっと並んでおり、その品揃えの豊富さに、またクラフトビール文化の多様さに圧倒される。僕らが滞在し、試飲していた間も、たくさんのお客さんが現れ、お店の方と会話を交わし、楽し気に冷蔵庫の前で視線を漂わせていた。

下北沢〈北沢小西〉入口
下北沢〈北沢小西〉店内

お店の方々のこだわり、趣味嗜好は、ひとつの固有の場を生み、共振する多くのお客さんがそこを訪れる。居合わせた人々とささやかで特別な時間を育み、誰かの言動が日々に彫り込まれていく。今回訪ねたお店を営む方同士でも交流があるという。もしかすると、常連さんが自分でお店を立ち上げることも少なくないのかもしれない。

「でもね、同業者になるとね、営業する時間とかも被るでしょう。中々会えなくなるのよね」
たとえ顔を合わせる機会が減ったとしても、それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で営みは続いていくのだろう。街を散策し、どこか惹かれるお店に入り、食事をし、ビールを嗜(たしな)む。そんな変哲のない行為の中で人は、文化が醸成されていく過程に立ち会っているのかもしれない。

「やっぱりクラフトビールなんで、ルールとかそういうのはないんで」

帰路に就き、井の頭線から街を見下ろしながら、お店の方のそんな台詞(せりふ)が蘇った。それぞれにそれぞれの楽しみ方があって然るべきだろう。それに、どんなやり方であれ、僕らは知らず知らずのうちに街の人々と関わり合い、文化が胎動し、発展し、継承され、成熟していく土地の上に立っている。まるで懐かしい友人と鉢合わせたかのような気分で別れを惜しみながら、また別の街へとほろ酔いの身が運ばれていった。