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これぞ日本の名酒場。杜の都の隠れた宝石、仙台〈源氏〉にいざ行かん

東北・仙台は、笹かまぼこや牛タンの町かと思いきや、堂々たる酒都だった。親から子へと代々譲り受け、渋い光を放つアンティークのような老舗酒場〈源氏〉へ。これぞ日本の名酒場。

初出:BRUTUS No.1005「旅したい、日本の酒場。」(2024年4月15日発売)

photo: Sachie Abiko / text: Michiko Watanabe

日本三大横丁の一つ、と言う人もいるとか。その文化横丁に入り、行列が続く餃子屋を横目で見ながら、ふっと目をやると「源氏」と書かれた看板が。その先の細い路地の突き当たりにも「源氏」の2文字。

ホントにここなのかと訝(いぶか)りながら左手を覗くと、長い縄暖簾(のれん)が見えた。それも、建物の谷間のような激狭スペースにうまいこと掛かっている。ここなのか。だが、中はまったく見えない。初めての客にとっては虎の穴だ。暖簾をくぐり、おそるおそる扉を開くと、キリッと髪をひっつめた、着物姿の女将が迎え入れてくれる。真っ白な割烹着はその心意気の表れだ。

コの字形のカウンターにはベンチ形の椅子。客が増えるに従って、すりすりとずれながら詰めていくスタイルだ。使い込まれたカウンターも壁も柱も天井も古色蒼然。映画の中に潜り込んだみたいだ。壁には女将が認(したた)めた品書きが掲げられている。決して多くはない。ほんの数品。

客の話に割り入ったり、余計なことを言ったりはしない女将が、初めての客にそっと店のルールを説明する。「お酒1杯に1品お通しが付きます。お酒は4杯まで」。つまみがもっと欲しければ、品書きから選べばよいが、酒はあくまで4杯まで。酒を注ぐ姿もお通しを運ぶ姿も、女将の立ち居振る舞いはどこまでも品が良く、ムダがない。老舗にありがちな常連がいばることもなく、どんな客も懐深く受け入れてくれる。

仙台が誇る老舗酒場〈源氏〉の創業は1950年。現当主は2代目の高橋雛子さん。初代の義母を継いで35年になる。「店の名は、以前あった源氏というお酒からとったようです」。裏で母を支えるのは3代目の信太郎さん。かつては地元の大学の教授たちで席が埋まり、「源氏で教授会ができる」と言われたとか。

「最近は、若い世代の方が増えました」と女将、控えめにポツリ。長年通い詰めている80代の客から、ガイドブック片手にやってくる若者まで、今や幅広い客層が日本酒を楽しむ。いや、酒もだが、ここに流れる空気を味わいにやってくる。座っているだけで、いっぱしの大人になった気分になる。

お通しは1杯目が菜の花の辛子醤油和えと、創業以来作り続けているぬか漬け。日本酒だけでなく、ビールでも付いてくる。ただし、1杯は1杯だ。2杯目はやっこ。山形・寒河江(さがえ)から取り寄せているという地豆の豆腐だ。3杯目が季節のお刺し身。豪華だ。4杯目がおでんか、具だくさんの味噌汁。

この4杯分のお決まりのお通しの完成度の高さよ。4杯飲みたくなるし、それで心も満たされる。これぞ、老舗の様式美である。

口開けを待って、店になだれ込む。宴の前のほんの数分。これまで店の賑わいを彩ってきた客のさんざめきが心に響く。店のあちこちに染みついた客の息遣いや女将が積み重ねてきたもてなしの姿がよみがえる。すべてがつつましやかで温かい。

酒の力も手伝って、次第にしっとりといい気分。すべてが思い出となって心に深く刻まれる。老舗の力である。旅情とはこういうことか。

仙台〈源氏〉店内
一分の隙もなく整えられた〈源氏〉の店内。古典と呼びたい名酒場だ。身を置くだけであまたの酒飲みが刻んできた歴史の重みをひしと感じる。