科学とデザインがまじり合う未知の世界
「これ、見つめるだけで何もしないロボットなんですよね。こんなに大きければ、何かの役に立つ機能を搭載することも仕事をさせることもできたと思いますが、ただ目の前に現れた人を眺めるだけ。ところが実際に対峙してみたら、すごく面白いんです。なんだろう……仏像の前に立っているような、お前はどう考えているのかと厳かに問われているような、不思議な感覚に包まれました」と真田は言う。
「役に立つものを作る」という視点の一歩手前にある、面白さや好奇心を形にしたそのロボットは、展示会場の入口に立つ「Cyclops(サイクロプス)」。本展のディレクターを務めるデザインエンジニアの山中俊治が、2001年に初めて作ったロボットだ。
車をはじめとした工業製品のデザインや、先端技術を形にするプロトタイプの研究を行ってきた山中は、展覧会のオープニングトークで「小学生をこの展覧会に誘うなら、どんな言葉をかけますか?」と聞かれ、こんなふうに答えた。
「科学も美術も分けなくていいじゃん、面白いものもきれいなものも、一緒にしちゃえば楽しいよ、ということですね」
なるほど、明快。面白いもの(最先端技術)ときれいなもの(デザイン)が一体化して生まれる不思議で未知なるものを、「未来のかけら」として差し出してみせるのが、今回の展示なのだ。
科学とデザインの関係性
会場内で作品を展示する8組は、例えばこんな具合である。
〈Takram〉のデザイナーの村松充と、リサーチャーで博士のDr.Muramatsuは、「自分の手にまとわりつくように動く仮想的な粒子の軌跡を立体化する」というソフトウェアと、それによって生まれたモードなブレスレットのような作品を展示する。
また、千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター(fuRo)と山中俊治のタッグは、「骨格構造から美しいロボットをつくる」というコンセプトで開発したさまざまなロボットを展示。山中のスケッチやfuRoによる図面が提示されているのも贅沢だ。
ここで真田が「これ、好きなんです」と歩み寄ったのが「CanguRo(カングーロ)」。馬をコンセプトにしたAI搭載の機械生命体であり、移動の際にはトランスフォームする人機一体の乗り物だ。
「一目見ただけで乗りたいなと思わせる、デザインの力を感じませんか?自分の体だけではあり得ない動作性を、自分の体が発揮できるんじゃないか。そんな期待を持たせてくれるんです。おそらく、スケッチする手の動きから生まれた有機的な曲線の中には、すでに工業的デザインの芽があって、それがこのロボットに昇華しているのだと思います」
科学技術とデザインの関係は複雑だ。いつの時代も両者はすぐそばに存在し、互いに高め合ってきた。新しい技術が社会に実装され、広がっていく時は、デザインの表現力がおおいに役立った。
「一方で、時には技術のぎこちなさを隠したり、つじつまを合わせたりするために、デザインが用いられてきたことも否定できません。『CanguRo』には、そういう後付けのデザインではなく、技術とデザインが両輪で進んでいる頼もしさが感じられて、素晴らしいなあって思うんです」
実装するロボットアーム
「こんなにカッコよく洗練されたロボットアームがあるなんて」
真田がそう話すのは、以前から関心を寄せていたデジタルサイボーグ「自在肢」だ。本展では、稲見自在化身体プロジェクトと、映画監督でアーティストの遠藤麻衣子との共同展示として、「自在肢」の世界観を映画にした短編映画『自在』の特別編集版も紹介。
「ロボットアームというと、工場などで作業をする機械の姿を想像しますが、これは人間の体に付いている。実装できるところが魅力的です」
かく言う真田も大学4年生の頃から、「人工知能と共に絵を描く」という研究を続けているそうだ。きっかけはSNS上で画像生成AIアプリが広まったこと。世の中にはアーティスト不要論も起こったが、真田は真逆。AIを、人の可能性を奪うものではなく、「人間の表現そのものを拡張し得る」存在として考えた。
「この自在肢もぜひ実装してみたいです。僕は自分の体を使って描き、僕の創作スタイルを読み込ませたロボットアームにも筆を持たせて同時に描く……みたいなことができたら面白い。科学技術の発展が造形美術の表現の幅を広げ得るという期待を、より具体的にイメージさせてくれる作品に、今、出会えて良かったです。ちなみに僕、ロボットアーム=自分の体の外側にある体に関しては、無機質なビジュアルでいいと思っていたんです。でもこの自在肢を見て、やはり見た目は重要だと気づきました。こういう形になってみたいと思わせるビジュアルを考えるべきですね」
未来のかけらに触りたい
さて、会場には実際に触れる作品も。関節パズルのような「骨格模型」の展示では、動物の関節を自分の手で組み立てて動かす体験をし、3Dプリンティング技術を使ったオブジェ作品「構造触感」では、化石のような作品の、予想を裏切るヘンテコな動きに思わず噴き出したり、ムニュムニュの触感に没頭したり。
「ロボットバイク『CanguRo』もそうですが、今や、新しい科学技術が生まれる瞬間にも、それが人とつながる瞬間にも、根底にはあらかじめデザインが存在しているんだな、と感じました。それが真っすぐに伝わってくるのが、展覧会のキービジュアル。科学の“科”とデザインの“デ”を合成した、創作漢字的なグラフィックが記されているんです。科学技術とデザインがぴったりくっついて、なおかつインタラクティブに作用するところにこそ未来のかけらがある。そんなメッセージを受け取りました」