話を聞いた人:河野宏(〈羊頭書房〉店主)
後味の悪い肌触りがストレートに伝わる短編が怖い
短編小説ならではの、なんだかわからないけど嫌な気持ちになる余韻が好きです。人物描写に尺を割かないからこそ、後味の悪い肌触りがストレートに伝わってきます。
特筆すべきは、やはりイギリス怪奇小説。怪奇小説は19世紀中頃から流行しましたが、ルーツはゴシックロマンスです。お城や屋敷の中で怪奇現象が起きつつ、ロマンティックな展開もある。それが19世紀末になると、より恐怖に焦点を当てた作品が増えてきて、三大作家、アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズが登場し、人気もピークとなります。幻想的な描写とうら寂しい肌触りの共存が何よりの魅力です。
20世紀以降は幽霊・超常現象より、社会の暗部を描くモダンホラーや暴力・残虐的要素の強いサイコホラーが主流になり、怪奇小説は姿を消します。本場イギリスで最後の怪奇小説家と呼ばれたH・R・ウェイクフィールドの作品は、現代に通ずる怖さが今でも新鮮です。
モダンホラーの短編で恐ろしいのは、ロバート・マキャモンの「針」。自分の目玉に針を刺していくだけの作品ですが、先端恐怖症の私としてはとても嫌な読書体験でした。サイコホラーではクライヴ・バーカーの「ゴースト・モーテル」。スプラッター的な殺人劇と心霊現象が組み合わさって、後味の悪さが際立ちます。
SFの短編も外せません。20世紀に活躍したP・K・ディックは映画『トータル・リコール』の原作者として知られますが、その作風は冷戦下の影響が色濃い。隣の家の人が敵対思想かもしれないという特異な時代性が、全作品に通底する「現実世界はすべて虚構だ」という強迫観念につながっていて、重い読後感を生んでいます。
同時代の作家では、「破滅小説」として有名なJ・G・バラードも、キャリア初期に奇妙な怖さの短編を発表しています。宇宙人が人間を監視する「監視塔」は、宇宙人はただただ見ているだけで何もしてこないところがなんとも気持ち悪い。
海外の怪奇・ホラー小説は、翻訳版がすぐに品切れになりがちです。あと20年もすれば、20世紀の作品よりも21世紀の作品の方が手に入りにくくなるかも。気になった本があれば思い切って購入し、手元に置いてみることをおすすめします。
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