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全国から注目される自家焙煎の聖地。札幌の深煎りコーヒー文化を編集者・森末忍が紐解く

自家焙煎、純喫茶、ニューウェーブまでコーヒー文化には事欠かないが、札幌といえば“深煎り”、といわれているのはご存じか。全国的にその名を知られる〈斎藤珈琲〉を軸に、札幌の深煎りコーヒー文化を紹介する。

Photo: Hikaru Kameya / Text: Shinobu Morisue

深煎り、そして宅配。
70年代から続く札幌の自家焙煎の香り

札幌をよく知る東京の人と、コーヒーの話をしていたら「札幌って深煎りだよね」と言われた。「そうだよね」と答えつつ少し考え込んだ。札幌は東京をコンパクトにしたような街で、何でもバランス良く揃っている、ある意味無難な都会である。

コーヒーについてもセカンドウェーブ・サードウェーブもしっかり来ているし、スペシャルティコーヒーとして流行っている店も見受けられる。それなのにパッと出てくるイメージは「深煎り」。周りの人に聞いてもそれを否定はしない。それは気候の問題だとか、札幌人の濃い味嗜好のせいだといわれることもあるが、それだけではない何かがある。

加えて札幌のコーヒーは、「レベルが高い」らしい。これもよく耳にするし、鎌倉の〈カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ〉の堀内隆志さんは、仲間と作っていた『summer store』という小冊子の2001年の原稿で、「札幌のコーヒーはレベルが高いです」と書いている。ほかにも資料を探せば、もっと前からそんな話がゴロゴロある。

僕はこの「レベルが高い」と「深煎り」は、密接に連動していると思う。言い換えよう。札幌のコーヒーの場合、「深煎り」は「レベルの高さ」のメタファーなのだ。それは札幌の自家焙煎の歴史を辿るとはっきり見えてくる。

僕はこの話を、札幌の自家焙煎の代表格ともいえる〈斎藤珈琲〉を中心に書こうと思う。〈斎藤珈琲〉を始めた斎藤智さんはすでに故人で直接話を伺えないのが非常に残念だが、斎藤さんと密接に関わりながらコーヒーの世界で生きている人たちに、色々とお話を伺うことができた。それらも含めて書いてみよう。

〈イレブン〉のコーヒーが
「深煎り」好きの原点?

札幌の喫茶店文化を遡る。1970年代初めから80年代にかけて、札幌の喫茶店はとても活気に満ちていて、その中心には〈イレブン〉と〈可否茶館〉という2店があった。

〈可否茶館〉にはのちに〈斎藤珈琲〉を創業する斎藤智さんがいた。同じく〈可否茶館〉で働き、その後斎藤さんの豆で長年喫茶店を経営した、斎藤さんの後輩であり相棒ともいえる中谷恭明さんに昔話を聞いた。すると70年代初め頃あたりに「深煎り」の原点があるんじゃないかと指摘してくれた。

「札幌の深煎りイメージはきっと、〈イレブン〉が最初はチモト(大手コーヒー卸のチモトコーヒー)のフレンチローストを使ってたからだよ」。

〈イレブン〉のすぐそばにはVANヂャケットの札幌支社があり、お洒落な人たちが集うエリアだったという。そのたまり場的な存在が〈イレブン〉であり、そこで「深煎り」のコーヒーを飲むのが当時の最先端だったのだ。ライバル店ともいえる〈可否茶館〉で働いていた中谷さんも〈イレブン〉の空気に憧れて飲みに行っていたという。

その「深煎り」の空気を身に纏って、〈イレブン〉と〈可否茶館〉は自家焙煎へと向かっていく。

全国から注目される
自家焙煎の聖地

〈斎藤珈琲〉の話をしよう。先の『summer store』には、堀内さんによる斎藤さんのインタビュー記事があり、〈斎藤珈琲〉誕生のエピソードが語られている。斎藤さんの働く〈可否茶館〉は、当初豆は仕入れてサイフォンで淹れていた。

73年から74年頃、オーナーの意向やスタッフたちの意見もあって、ペーパーフィルターで自家焙煎の豆に替える。それは評判を呼び〈可否茶館〉は札幌の自家焙煎豆の草分けともいえる存在となっていった。そして焙煎を担当していた一人が斎藤さん。10年近く焙煎の経験を積んで、82年に独立。ここに自家焙煎・宅配専門の〈斎藤珈琲〉がスタートする。

札幌〈斎藤珈琲〉店長・松林浩志
斎藤珈琲で故・斎藤智さんの後を継いで日々焙煎するのは、現店長の松林浩志さん。

焙煎から配達まで一人でこなすハードワークに苦労しながらもその豆は評判を呼び、徐々に喫茶店の扱いなども増え、札幌のみならず全国のコーヒー好きからオーダーの入る、札幌の自家焙煎の代表格となっていく。

先の〈イレブン〉も可否茶館に少し遅れて自家焙煎を始める。この頃、つまり70年代半ばから80年代前半にかけて、札幌には自家焙煎の喫茶店が続々と誕生し、それは札幌の人たちの「深煎り」嗜好に寄り添いながらどんどん成長していった。

コーヒー好きが好みのコーヒーを自由に楽しむ、非常に自家焙煎の「レベルの高い」環境が出来上がっていったのだった。そして〈斎藤珈琲〉は「自家焙煎の聖地」的な存在ともなっていった。

聖地には全国からいろんな人たちがやってきた。〈斎藤珈琲〉がスタートして間もない頃、栃木から一人の青年が訪ねてきて、焙煎を学びたいと何ヵ月か働いていった。その青年は、その後栃木・黒磯で、カフェ好きに絶大な支持を得ている〈SHOZO CAFE〉を始める菊地省三さん。

カフェをやることだけを決めて、学ぶべきこと、人を求めて旅をしていた。札幌は自家焙煎の盛んな街で、やはり「深煎り」の印象だったという。小樽で自家焙煎の必要性を教わり、なんとなく札幌で自家焙煎を学ぶんだと思っていた時に、偶然〈斎藤珈琲〉を知る。その出会いを「インターフォンを押した時、人生が変わるような気がした」と話してくれた。

栃木に戻り斎藤さんの豆でカフェを始めた省三さんだが、本当にその豆の素晴らしさを理解できたのは自分でも焙煎しながらコーヒーの味と質に本気で向き合ってからだという。

「何でもないことのすごさなんです。豆自体がこうしてほしいと望んでいる深煎りの味。渋味、雑味のないクリーンな旨味は毎日飲んでも飽きることのないコーヒーなんです」と斎藤さんの豆を表現する。

札幌〈斎藤珈琲〉深入り焙煎の様子

コーヒー豆の個人への宅配が
日々のコーヒーのレベルを上げた

斎藤さんは独立して焙煎を始めた時、ほかに方法がなかったのでやむを得ず、電話で注文を受けて届ける、個人への「宅配」を始めた。札幌で初めての試みだったという。この「宅配」によって、焙煎したての新鮮な豆を自宅で楽しむことができるようになった。36年も前のことである。

相当画期的なことであったに違いない。〈イレブン〉〈可否茶館〉などで質の高いコーヒーに馴染んだ札幌のコーヒー好きたちが、それを歓迎しないわけはない。結果として彼らの日々のコーヒーの質は格段に上がっただろう。つまり飲み手のレベルが上がったのである。

この〈斎藤珈琲〉の「宅配」によって成長した飲み手の存在は、当然札幌のコーヒー業界全体への刺激となっていったはずだ。札幌のコーヒーの「レベルの高さ」は、「宅配」によっても積み上げられている。

そして知る人ぞ知る「宅配」をもう一人。札幌のコーヒー通に聞いてもほとんど名前の出てこない〈杉屋珈琲〉。それもそのはず。基本的には紹介での宅配のみというハードルの高さ。コーヒー卸の営業マンから転身した杉谷昌樹さんが自家焙煎を始めて17年になる。

札幌〈杉屋珈琲〉杉谷昌樹
杉屋珈琲の杉谷昌樹さん。焙煎後はピッキングしてブレンドしたり、梱包したり。とにかく一日中豆の作業が続く。

飲食店など玄人筋からも絶大な支持を受け、大丸松坂屋百貨店の北海道セレクションにも選ばれたこともあるほど。初めて杉谷さんに淹れてもらったコーヒーを口に含んだ時、思わず「えっ」と叫んだ。

雑味のない素直な旨味。毎日飲みたくなるようなそのコーヒーに〈斎藤珈琲〉と同じ気配を感じたからだ。加えて焙煎から配達まですべてを一人でこなすというのも、〈斎藤珈琲〉の初期に完全にダブるのだ。

斎藤さんは残念ながら、2013年にこの世を去ってしまった。しかし、ファンや省三さんの力添えもありその味は受け継がれ、〈斎藤珈琲〉は継続している。そして〈杉屋珈琲〉はこれからも淡々と焙煎の毎日を積み重ねていくはずだ。

朝から豆を焙煎して午後からは宅配。それをひたすら毎日繰り返す。そのスモールビジネスが、札幌が生み出したコーヒーの底力なのだ。深煎りの香りは、彼らの日々に染み込んだ香りである。

斎藤珈琲

どこで飲んでも、どんな淹れ方をしてもおいしい豆。

1982年に札幌市豊平区西岡の一軒家で斎藤智さんが始めた〈斎藤珈琲〉は、2000年に現在の藻岩山の麓に移転。白を基調とした清潔な店内。店頭での販売用にすべての豆のラインナップが並べられ、味についての丁寧な説明がつけられている。〈斎藤珈琲〉の豆の基本はずっと変わらない。

「どこで飲んでも、どんな淹れ方をしてもおいしい豆」。13年に斎藤さんが亡くなった後、奥さんの里代子さんが代表として〈斎藤珈琲〉を続けることを決意した。そこには、全国の〈斎藤珈琲〉のファンや斎藤さんの闘病中から焙煎を全面サポートしていた〈SHOZO CAFE〉菊地省三さんの存在が大きく影響した。

特にかつて何度も斎藤さんのそばで焙煎を学んだ省三さんは、スタッフの松林浩志さんとともに、斎藤さんの豆の味を継承しようと焙煎し続けた。

現在は店長となった松林さんが毎日午前中を中心に12〜13種類の豆を焙煎。午後からはスタッフとともに配送・発送に当たる。ちなみに、〈SHOZO CAFE〉では松林さんが焙煎する〈斎藤珈琲〉の豆を、現在も引き続き使っている。

省三さんはその味を、「もう自分のものになってますね」と評価。その豆は全国から引く手あまたで、現在も道外への発送分が6〜7割とのこと。

宅配・発送(量とエリアで応相談)に加え店頭での販売もある。STRONG系、MEDIUM系、LIGHT系それぞれ数種あり、ストレートとブレンド合わせて19種。一番人気は「ソフトミックス」¥648(100g)。

斎藤珈琲のコーヒーが飲める店

FABcafé

ファブカフェ
住所:札幌市中央区南2西8-5-4 | 地図
TEL:011-272-01
28。10時〜20時(土・日11時30分〜)
休:月曜・祝日
狸小路にある老舗のカフェ。

円山茶寮

まるやまさりょう
住所:札幌市中央区北4西27-1-32 | 地図
TEL:011-631-3461
営:11時〜24時
休:木曜
1987年開業、古民家を利用した静かな空間。

杉屋珈琲

まさに知る人ぞ知る、宅配自家焙煎。

札幌市西区西野の住宅街の一軒家。車庫横の半地下のような細長い小部屋は、縦に2つの部屋に分かれている。奥が焙煎室で、手前が焙煎後の作業室。使い込まれた機能的な道具類が動線に沿って美しく並ぶ。

この空間の主は杉谷昌樹さん。前職はコーヒー豆卸の営業マンだったが、ちょっとした興味から買った1kgの焙煎機が杉谷さんの進む道を変えた。知人に分けた豆が評判を呼び、17年前に〈杉屋珈琲〉として独立。当初は美容室、カーディーラーなどに営業に回って顧客を作り、その後は徐々に増えていった個人客への宅配対応のみで販売してきた。

したがって、一般には全く知られていなかったのだが、3年前に大丸松坂屋百貨店の北海道セレクションにオリジナルブレンドが取り上げられ、全国に〈杉屋珈琲〉の存在が知れ渡った。杉谷さんの焙煎は、豆本来の味を活かすように(消さないように)、直火・遠火でさくっと焼く。どのブレンドもバランスの良さが際立つ。

エグ味が全くないため口当たりが良く、冷めてもおいしい。そしてアイスにしてもおいしい味だ。毎日午前中に焙煎して午後にはピッキングや梱包、夜には配達。完全に一人でこなす。今後の新たな注文には、電話で内容を相談の上、対応いたしますとのこと。

宅配・発送のみ、店頭では販売しない。宅配は500g〜、発送は少量可、送料は相談にて。豆は「ふかまめ」「あさまめ」など深さの異なるブレンド数種類とストレート豆で、一番人気は「ふかまめ」¥540(100g)。

杉屋珈琲のコーヒーが飲める店

sinner

シナー
住所:札幌市中央区南4西1-4 | 地図
TEL:011-241-3947
営:15時〜24時(日・祝〜
22時)
休:不定休
国道36号沿いのアットホームなカフェ。

Instagram:@diningandsweetssinner

CAPSULE MONSTER

カプセルモンスター
住所:札幌市中央区南1西15-1-319 シャトールレェーヴ507 | 地図
TEL:011-633-0656
営:12時〜19時LO
休:月曜〜水曜*変更あり、公式HPで要確認

公式サイト:https://www.capsulemonster.net/