第二十回「回避法」
友人Aの家には変わったルールがあった。トイレは必ず2人で行くこと。1人が用を足しているあいだ、もう1人は廊下で待機すること。A一家はどんな時も従順にルールに則って行動していた。家に入った他人にもルールは適用され、AのクラスメイトだったSさんも、彼女の家に遊びに行くたびに決まりを守らなければならなかった。
Sさんは奇妙に感じながらも何か込み入った事情がありそうでルールの理由を尋ねることができず、なんとなくそれを守っていた。その日はAの家に数人の女子生徒が集まっていた。「トイレ借りるね」。友人Mがそう言って廊下を駆けていった。
そういえばMにはまだこの家のルールを共有していない。引き止める間もなく、廊下にMの絶叫が響いた。慌てて向かうと半開きになったトイレの扉の前でMが腰を抜かしている。
中を覗き込むと、トイレの床に無数の時計──めざまし時計、腕時計、タイマー、自分たちの背丈では届かない高さの壁かけ時計、A家にあるすべての時計がそこに散乱していた。不条理な力を感じる光景だった。A家が厳格なルールを敷いているのは異常なものに支配されているがゆえなのだと、Sさんはその時悟った。