第十五回「常連」
都会の一角にあるWさんの雑貨店は犬に人気だった。取り扱い商品はインテリア小物中心で、犬とはなんの関係もなかったが、店の前の歩道を通りかかった散歩中の犬たちは決まって店に興味を示し、飼い主の制止もむなしくずんずんと上がりこんでワンワン吠えまくった。興味の先は決まって店の奥にある薄暗い廊下だった。犬たちはみんな、どこか怒ったような怯えたような、嫌な吠えかたをした。
ある夜、店じまいをするために外に出たWさんは、窓越しの店内に大きな人影を認めた。山高帽をかぶった燕尾服の男性がぬっと立っている。客だ。急いで店に戻ったものの、男性は一瞬で姿を消していた。また別の日、出先から戻った妻が言った。「あれ、お客さんはどこ?」。店に客がいないのは確かめるまでもなかった。嫌味を言われたかと思ったが、依然として彼女は店内をきょろきょろと見回して首を傾げている。「山高帽をかぶった、すごく背の高いお客さんがいると思ったんだけど」。まただ。Wさんと妻が見たものと犬たちの行動が重なる。ここにはずっとそれがいる。
Wさんの目に映った“それ”が死神にしか見えなかったことを、彼は妻にずっと内緒にしている。