第八回「聞けない」
話の流れで、Cさんは同僚の家に遊びに行くことになった。同僚は人当たりのいいベテランの女性だったが、仕事外ではほとんど関わりがなかった。
休日の午後、町外れのアパートを訪ねると、同僚が笑顔で出迎えてくれた。廊下を渡ってリビングに向かう彼女の背中を見ながら、Cさんは玄関でブーツの紐を解いた。一人暮らしと聞いていたが広そうな部屋で、玄関の脇には階段があり、見上げると二階に猫が座っていた。
猫はゆっくり立ちあがり、おもむろに前足を浮かせたかと思うと、PUMAのロゴのようなポーズで空中を極スローに浮遊しながら降りてきた。着地した後はこちらを一瞥もせずに歩いていく。今の光景は一体。Cさんは混乱した。しかしケーキを食べる同僚の普段通りの顔を見ているとなにも聞けなかった。
トイレを借りて一人になると、Cさんは湧き上がる疑問をため息にして吐き出した。その時、声が聞こえた。
「ねぇ。あの人まだ帰らないのぉ?」。幼い子供の不満げな声色だった。「そんなこと言うんじゃないの」。同僚の淡々とした声が答えた。Cさんが戻っても、そこには同僚と猫しかいなかった。Cさんは自分は同僚についてなにも知らないのだ、と思った。