第五回「傷」
いつもの帰り道だった。夜遅く大学を出たCさんは、原付バイクをゆるやかに走らせて数キロ離れた自宅への道を辿っていた。街灯の少ない住宅街は車や通行人の姿もほとんどなく、運転についてなにか注意をはらう必要がないほど静かだった。
ドゴン。不意にタイヤがなにかを踏んだ。Cさんははっと我に返り、急ブレーキをかけて振り向いた。街灯の下に小さな塊が落ちていて、次の瞬間それが横たわった猫だとわかった。路肩にバイクを停めて駆け寄ったが、猫はすでに息絶えていた。
たった今、自分がバイクで撥ねてしまったせいなのか、あるいはすでにそこで死んでいたのかはわからなかった。うろたえたCさんはどうするべきかわからず、保健所や警察へ連絡を入れることも思いつかないまま、逃げるようにその場をあとにした。
翌朝だった。ベッドから身体を起こし、眠気でぼんやりとしたまま寝巻きを脱いだCさんは、自分の身体を見て叫び出しそうになった。腕、腹、胸、脚、肌のすみずみまで、昨晩眠る前まではなかったはずの赤く細い傷がびっしりとついていたのだ。傷はフォークで引いたように数本ずつ平行に走っていた。猫が引っ掻いた痕に、そっくりだった。