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酒蔵オーベルジュ〈御宿 富久千代〉で、幻の酒と名器に酔う。佐賀の旅、1日目

江戸時代から醸造文化が根づく佐賀県・肥前浜宿。“幻の酒”を造る酒蔵が営むオーベルジュで酒と器に酔いしれ、翌日は器探しのショートトリップへ。酒と器、奥深すぎて気後れしがちな世界を自由に謳歌し尽くそう。

photo: Yoshikazu Shiraki / text: Yuriko Kobayashi

酒蔵オーベルジュで知った
日本酒と器の本当の“奥深さ”

国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている酒蔵通り
〈御宿 富久千代〉があるのは国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている酒蔵通り。浴衣で夜の散歩をする粋な人の姿も。

全国の日本酒ファンが「一度は泊まってみたい」と夢見るオーベルジュが佐賀県鹿島市にある。酒蔵オーベルジュ〈御宿 富久千代〉は、その名の通り日本酒の蔵元・富久千代酒造が営む宿。醸すのは日本酒の代表格として名高い「鍋島」。

その人気ゆえ、なかなか手に入らないことから“幻の日本酒”とまでいわれている。宿泊者は普段は非公開の酒蔵で鍋島造りの様子を見ることができ、さらに併設のレストラン〈草庵 鍋島〉ではコース料理に合わせた各種「鍋島」のペアリングが楽しめる。一般に流通しないオーベルジュ限定の「鍋島」も登場するということで、チェックインするなり、夕食の時間が待ち遠しくてたまらない。

〈御宿 富久千代〉のある肥前浜宿は江戸時代から酒や醤油などの醸造業で発展した地域。富久千代酒造を含む3つの酒蔵がある「酒蔵通り」には昔ながらの白壁の建物が残り、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。2021年5月に開業した〈御宿 富久千代〉は230年ほど前に建てられた旧商家を修復・改修したもの。専門の職人の手で茅葺き屋根も再現した。


「オーベルジュだけでなく、歴史と伝統が息づくこの土地ならではの旅情も記憶に残していただきたい」とは総支配人の飯盛理絵さん。富久千代酒造3代目の杜氏である夫・飯盛直喜さんとともに、「鍋島」を日本を代表する日本酒に育ててきた。この地で醸される酒を、地元の食材と器とともに味わってほしい。そんな強い思いが根底にある。

夜、酒蔵通りに明かりが灯る頃、めくるめく晩餐が始まる。6席のみのダイニング。カウンターの中に立つのは東京・神楽坂の星付き和食店〈神楽坂 石かわ〉などで研鑽を積んだ西村卓馬料理長。和食をベースに12品前後で展開するコースは、九州の季節の食材が中心で、有明海産の「海ウナギ」や、佐賀県多久市の伝統野菜「桐岡ナス」など、季節感だけでなく、土地の個性溢れる食材が続々と登場する。その都度、食材や合わせた酒のこと、器や酒器について会話が弾むのも楽しい。

「刺し身には辛口のお酒が合いますか、など質問を受けますが、ペアリングに絶対という答えはありません。自由に、好きなように楽しむのが正解だと思っています。コースでは同じお酒をキリッと冷やしたもの、常温のものといったふうに、違った温度でお出しすることもあります。それだけで印象が大きく変わりますし、料理との相性の差異も面白い。そんなふうに日本酒の奥深さ、自由さを感じていただけたら」

器に関しても同様で、若手陶作家の酒器と人間国宝作家の皿が仲良く肩を並べたり、アンティークの古伊万里の酒器が寄り添ったりすることもある。ルールも正解もない、そこにあるのは、料理と酒、器を心赴くままに楽しむという喜びだ。気後れする必要などない。まっさらな気持ちで向き合うことが、その世界を真に知ることにつながるのだと、ここで過ごした一晩で教えてもらった。

〈草庵 鍋島〉のコース料理と
「鍋島」のペアリング

佐賀の旅、1日目
モデルプラン

11:45 長崎空港着。
13:30 〈御宿 富久千代〉到着。酒蔵見学へ。
15:00 チェックイン後、ぶらぶら散歩。
17:00 〈草庵 鍋島〉で夕食。
20:00 部屋にある鍋島で、さらに酔う。

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