生活と執筆は地続き
———九段作品を読んでいると、音楽とのつながりを感じることが多いんですよ。文体のリズムという点でもそうだし、『悪い音楽』では音楽教師が主人公だったりラップをしたり、音楽が重要なテーマに据えられていますね。
九段
そもそも自分が小説家と言われることにずっと違和感があるんですよ。というのも、小説を書いていない時も私は私であり、音楽を聴いている時も料理を作っている時も服を選んでいる時も、全部自分にとっては境がなくつながっているものじゃないですか。
———小説を書くことと音楽を聴くことは、いわば生活の一部としてすべて通じていると。
九段
そう。だから、私は睡眠不足だったり酔っていたりする時は執筆はしないんです。生活リズムと執筆は地続きになっているので。芥川賞をいただいてから色んなメディアに出させてもらっていますけど、一番ストレスなのが服を選ぶこと、つまりスタイリング。
急な依頼に対して、その都度「さて何を着よう」と考えなければいけない。いわば小説もことばのスタイリングだし、音楽も料理もスタイリングですよね。全部を自分でコントロールしたいと考えると、それって難しい。
———生活のすべてが小説につながっているとして、その中でも九段さんにとってやはり音楽は特別なものであるように感じます。
九段
私は文字と音楽が共感覚で結びつくことが多いんです。小説を読んでいると音が聞こえてくるような感覚がある。聴覚情報と視覚情報のどちらが優位かは人によって異なるけれど、私は完全に聴覚。だからこそ、日常で一番感情が動くのが音楽を聴いている時なんですよ。小説においても、どうやったらそういった感情を喚起させられるかというのは考えます。
カオスに感動する
———小説と感情の関係性というのは興味深いですよね。文体のリズムや物語構造の、どういった点が感情を動かすのか。
九段
小説に限らず、創作というのはカオスなものだと思うんです。私たちは、カオスなものから法則性や意味を見出してコミュニケーションすることで、心が動かされるのかもしれない。
———それは、整理されていないところから何かしら秩序を作り出していくということ?
九段
そう。カオスからではなく、最初から整理されたものとして作られた芸術ってやっぱりわかっちゃうじゃないですか。すでに形式があるものに乗っかっている感じがする。ただ、感動するものって、整理されたり二項対立として分けられたりしていないものだと思う。
———形式から解放されるというのはとても難しくて、簡単にできることではないですよね。
九段
無意識のうちに形式にはまってしまいがちだから。
———今回挙げられた作品だと、宇多田ヒカルさんはカオスから秩序を生み出しているように感じます。
九段
まさに。以前、宇多田ヒカルの作品でお互い『BADモード』が一番好きだと話したじゃないですか。まだ変わってないですか?
———変わってないです。
九段
私も変わってなくて、特に最近は「君に夢中」が一番好き。宇多田ヒカルという存在が、最も凝縮されている気がする。不安定な危険信号がずっと発されているというか。「君に夢中」って、状況としては楽しいし嬉しいはずなのに、サビに行く前にサイレンみたいな音が入ってるじゃないですか。幸せに歌ってもいいのに、幸せと不幸が同時に鳴ってしまうのが宇多田ヒカルだと思う。幸せの先に不幸が待っている予感。
———そういうカオス感はありますよね。どっちにも転びそうな宙吊り感が怖い。ぐらぐらしていて、足を踏み外したら終わりといった感じがする。
九段
そう。これがドラマの主題歌に使われていたなんて怖すぎる。
小説とは、文体だ
———九段さんは楽器は何か演奏されるんですか?
九段
小学生の時にずっとピアノを習っていたんですけど、その後やっぱり自分には才能がないなと思ってやめたんです。きっかけの一つに、昔NHKで放映していた『スーパーピアノレッスン』という番組があって。
国際的に有名な優れたピアニストが高度なレッスンをするという、素人では全然ついていけないような内容だったんですけど、「今の音は恋しているような感情ではなかったよね」といった指摘がどんどん入るんですよ。私には、何が何だか全然わからなかった。その点でも、音楽と感情がどういった関係にあるのかというのはずっと気になってます。つやちゃんさんは楽器は?
———ピアノとベース。特にベースって、低音が身体に響くじゃないですか。私は音楽をスポーツとして捉えているところがあるので、楽器もそういったものが好きなんです。その点、九段作品も文体のリズムが一番心を動かされます。身体に働きかけるノリがある。
九段
それってすごく大事ですよね。私も、小説とは文体だと思う。
———『東京都同情塔』というタイトル自体がまさにそうですよね。
九段
文体も身体と密接に関係しているものだからこそ、私は筋トレも趣味なんです。ことばって身体反応なので、体を鍛えると文体も変わる。
———それはあるでしょうね。でも小説を書きながら、音楽のリズムに嫉妬することってないですか。
九段
めちゃくちゃありますよ!私は楽器で表現できないからこそ、どうにか文体で身体が気持ちよくなれるようなことができないか、これからも追求していきたいです。