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イタリア滞在10年超えで帰国したシェフたち、その味。鎌倉〈オルトレヴィーノ〉、京都〈オステリア イル・カント・デル・マッジョ〉

イタリアに10年以上滞在して研鑽を積み、帰国したシェフ。一口に10年超えと言っても、彼の地でも進化を続ける現代的な料理から、失われつつある伝統料理まで、表現は様々。彼らの皿から溢れるのは、技術、そして現地の生活で身についたイタリアの精神。

photo: Satoshi Nagare, Kunihiro Fukumori(Kyoto) / text: Naoko Ikawa

最初に感動していたことが
日常になって見えるもの。

10年修業組が帰国の兆しを見せた先駆けは〈オルトレヴィーノ〉である。

食材、惣菜、ワインが買えて、バールもリストランテも地続きのエノガストロノミア。イタリアの街場にある、しかし日本では見慣れないこの形態を鎌倉へ持ち込み、今年で10年目を迎えた。

シェフの古澤一記さんは「料理もワインも同等に、高い次元で修得する」ため、イタリアで必要な経験を逆算。最初は料理人としてシェフも務め、次に3ツ星〈エノテーカ・ピンキオーリ〉のソムリエに。

最後はワインを畑から知るためワイナリーに入り、栽培と醸造で2年。これで計10年。その間、トスカーナ州の田舎にある一軒家で、妻の千恵さんと暮らした。

鎌倉〈Oltrevino〉シェフ・古澤一記
古澤一記さんは日本で7年修業後、2000年に渡伊。トスカーナを中心に、サルデーニャ、プーリア、エミリア=ロマーニャと4州10軒で7年間働き、うち2年間はシェフを務めた。ソムリエ、ワイナリーでも学び帰国。2010年、鎌倉にエノガストロノミア〈オルトレヴィーノ〉を開店。

「地域の住民として認められた時、イタリアでいちいち感動していたことが当たり前の日常になった時に、見えるものがある」

今も家はそのままに、時々イタリアへ〝里帰り〟。そんな夫妻の「当たり前」が、この店には溢れている。イタリアのアンティーク商である妻の、感性豊かな皿や家具。それらと響き合う、高い精度で伝統を磨き上げた夫の料理。

例えばオリーブのペーストとピスタチオを纏わせた仔羊は、郷土料理ではないのに口の中でシチリアの味が完成する構造。
白アスパラガスと卵の組み合わせはヴェネト州バッサーノ・デル・グラッパの定番。かと思いきや、半熟卵をスフレで包み込み、凝縮した卵の風味と軽い食感を両立。見事、新しくて懐かしい味に着地させた。

Oltrevino(鎌倉)
古澤一記

地域の住民と認められた時に、
初めて見えるものがある。

〈オルトレヴィーノ〉の1年後には、京都に〈オステリア イル・カント・デル・マッジョ〉が開店。

田村崇シェフは10年のうち9年5ヵ月を、トスカーナ州の同名店だけで修業した人だ。それはフィレンツェから車で1時間ほどの集落にあり、畑で野菜を育て、鶏を飼うところから始まる料理だった。

シェフと菓子職人の娘、マンマの家族経営。
田村さんは歳月を重ねてファミリーになり、マンマの「雑なのにおいしくなる」刻み方や間合いを覚え、「朝から暖炉で煮込むような懐かしい味」を舌に記憶。古典料理好きのシェフと文献を紐解き、再構築しながら、二人三脚で店の評価を上げていった。

京都〈Osteria Il Canto del Maggio〉シェフ・田村崇
田村崇さんは1999年に渡伊。伝統料理店〈ラ・ガッレーリア〉で5ヵ月、〈カント・デル・マッジョ〉で約9年半働く。2011年に京都で独立。

「向こうでも、古い料理は失われつつあります。郷土料理は昔からあって、これからもずっとあると思っていたのにそうじゃなかった」

注文が入ってから好みの厚さに骨付き肉を叩き切り、強火で表面だけガリッと焼き固めたビステッカ。労働者がレンガを焼きながら作ったといわれる牛すね肉の煮込み、ペポーゾ。田村さんは愚直に現地と同じスケール感を守り、同じ満足感に食べ手を連れていく。

昨年、イタリアの師匠が引退し、その店も閉店した。けれど〈オステリア イル・カント・デル・マッジョ〉の名前と料理は、この日本で受け継がれている。

Osteria Il Canto del Maggio(京都・四条烏丸)
田村崇

イタリアで失われゆく古い料理、
修業先の名を、日本で引き継ぐ。