案内人・内沼晋太郎
ゲスト・松浦弥太郎
NYから東京へ。古いアートブックが、新しい本屋を生んだ。身体性を伴った、本の宝探し時代
内沼晋太郎
この前の回で、2003年発売の『ブルータス』の本屋特集「新しいスタイルの『本屋』が気になる!」【A】を話題に上げました。誌面に登場する人たちのように働きたいと憧れたんです。
同様に大切な一冊が、同じ年に発売した松浦さんの『最低で最高の本屋』。【B】これを読んで当時の仕事を辞めたと言っても過言ではありません。まずは02年に〈カウブックス〉【C】をオープンするまでのお話を伺えますか?
松浦弥太郎
元を辿れば、1990年代の前半、ニューヨークでの体験が大きかったです。足繁く通った〈バーンズ・アンド・ノーブル〉は、〈カウブックス〉を作るときに思い浮かべた書店の一つ。
カーペットが敷いてあって、ソファでくつろぐことができるんですね。単に本を売る場ではなくて、人々が集まるサードプレイス的な空間だったことに強く魅了されました。また、当時のクリエイターは古本や古着、アンティークなどの古いものにインスピレーションやアイデアソースを求めていました。古本に関して言えば、ビジュアルブックが主。
内沼
その経験が〈m&co. booksellers〉【D】につながっていくんですね。
松浦
帰国するたびにミュージシャンやファッションデザイナーにお土産の本を見せるんです。当時、90年代末の日本はカフェブームのはしりの時期で、クリエイティブのハブのようになっていました。
そこで、例えば60年代の写真集を紹介する。欲しいという本があればアメリカへ行って買ってくる。〈m&co. booksellers〉は本屋というより、資料屋さんという意識で活動していました。
内沼
まるで対面式の『グルーヴィー・ブック・リヴュー』【E】ですね。音楽やファッションなど、カルチャーのなかに本があった。
松浦
90年代末にMacが普及したことも大きな影響を与えたはずです。IllustratorやPhotoshopが民主化し、アーティスト自身がグラフィックに関わるようになりましたから。
内沼
2000年には〈m&co.traveling booksellers〉としてトラックでの移動販売をスタートし、2年後には〈カウブックス〉をオープンします。
松浦
人と同じことはしたくないという気持ちはずっとあるんです。トラックはかっこいいと思ったし、家賃もかからない。予約制の〈m&co. booksellers〉の活動を喜んでくれる人がいることは感じていたので、やってみようと。
この頃にはビジュアルブックだけでなく、僕が好きな80年代のアメリカのコラムニストの本などもセレクトに加えて。移動販売を始めてみると、本を買い取ってほしいと言ってくれるお客さんが増えてきました。
セレクトに共感してくれる人の本なので、自然と面白い本が集まるし僕自身とても勉強になる。おかげさまで、〈カウブックス〉は開店当初から完成度が高かったと自負しています。
内沼
古本は仕入れが命。いい買い取りができたのは大きいですね。また、お店に「自由」という合言葉を据えたことも特徴的でした。
松浦
当時は古本のセレクトってなかったんです。古本屋はあったけれど、そのセレクトで勝負する店はなかった。レコードショップにはそうしたスタイルの店がありましたね。いわば僕は好きな本のプレイリストを作って紹介したんです。
「自由」を掲げて本を選び見てもらう……インディペンデントな書店だからこその、反骨精神の表れだったとも言えます。
内沼
先に挙げた『ブルータス』でも「もっと個人の視点でセレクトされた本屋があってもいいんじゃないかなあ、って思いますよね」と語っています。裏を返せば、そういったスタイルはなかったということですよね。
松浦
「そんな本屋さんが増えたらいいな」という空想にすぎませんでした。ただ、僕はそれを主にビジュアルブックでやった。海外のコーヒーテーブルブックのように、読むためではなく見るための本ですね。
そしてその後に内沼さんたちの世代がやってくる。内容はもちろん、活字・口絵・装丁など本の細部を魅力的に紹介し、「見るから読む」へ開いてくれた存在だと思います。
内沼
憧れていた世代として、そう言っていただき感無量です。一方で、ゼロ年代はAmazonの利用が広がってオンライン古書店が下火になったように、以前に比べればまだ見ぬものと出会うことは難しくなりました。
松浦
足を使って探す、リアリティが感じられる宝探しができた最後の時代でしたね。ただ、今でもセレクトが素敵な本屋さんはたくさんあります。〈青山ブックセンター〉や〈蔦屋書店〉、月に1度は訪ねる神保町でも、その棚は見ていて胸が高なります。
今、そんなプレイリストが作れるかというと自信がないくらい。でも、世界で活躍する料理人がいるように、海外に打って出るのは面白そうですね。〈カウブックス〉を始めた頃の僕が今を生きていたら、ニューヨークやパリでプレイリストが通用するかチャレンジしたと思います。