近代建築の「普遍的な美しさ」とともに暮らしたかった。
「ちょっと洒落ていて裕福な居住空間。子供の頃の僕は、当時まだ少なかった集合住宅にそんなイメージを抱いていたんです。自分が家族を持った今、現在の住まいを選んだのは、その憧れが続いていたからかもしれません」
そう話すのは新聞社に勤める尾本起隆さん。福岡県中央区に立つマンションの一室を購入し、フルリノベーションして暮らしている。建物の竣工は1986年で、設計は70年代から数多くの共同住宅を手がけてきた遠藤剛生。幾何学デザインを多用したマッシブな外観が印象的だ。
部屋に入ると、その個性的な外観が室内空間にも反映されていることがすぐわかる。例えば三角形の天井の、突き抜けるような気持ちよさといったら。最上階のテラスから見渡す町の景色も、集合住宅ならではの楽しみだろう。
改装にあたって尾本さんが理想としたのは、デンマークの集合住宅〈キンゴーハウス〉。シドニーのオペラハウスで知られるヨーン・ウツソンが1957~61年に設計した名建築だ。傾斜のある天井に白い壁。タイル張りのリビングの外には大きな庭が広がって。
「あの雰囲気が、家づくりのベースになりました。ダイニングの白い壁に四角い窓を開けているのも、キンゴーハウスのイメージですね」
そんな尾本さんの思いを汲み取りながら改装を手がけたのは、〈Spumoni design studio〉の有吉祐人さん。リビングから寝室まで、仕切りなく、あるいは四角い窓によって、空間がゆるやかに繋がるプランを考えた。完成したのは、視線にも動線にも行き止まりがない、風通しのいい住まい。リビングの奥には小さなソファも造り付けた。穏やかな光の中で本を読んだり昼寝したりできる、2畳ほどのコージーコーナーだ。
「有吉さんがつくる空間は、抜け感とこもり感のバランスが絶妙です。何よりうれしいのは、流行り廃りではない普遍的な美しさが感じられること。長く憧れていた空間に暮らす喜びを感じています」