新築らしさを排除した、アノニマスで余白のある家。
「なんでもない、ただの箱のような家をつくりたかった」。新築にあたり、輝彦さんは、生活しながら自分たちの色を少しずつ足していけるようにと、作り込みのない空間を第一に希望した。コンクリートで覆われた新しい家は、文字通り箱のような佇まい。地上2階、地下1階と屋上。各階は広いワンフロアで開放感抜群。そんな四角い箱の中で、ひときわ目を引くのが2階の壁一面に設えられたキッチンだ。10人ほど座れる、スタンドに板をのせただけのダイニングテーブルを合わせると、そのスペースは部屋の半分ほどを占める。
「台所で酒を飲んだり、ご飯を食べたりするのが好き」。有名な建築家が建てたわけでも高価な家具があるわけでもないが、その居心地のよさに長居する友人が続出、自身もあまり外食しなくなったという。それはちょっと〈アヒルストア〉のキッチンとカウンターの距離感にも似ていて、すべてに手が届く絶妙な距離。だからか互いのコミュニケーションも密になる。
防火水槽があったから、この家は生まれた。
大学で建築を学んだ輝彦さん。さぞ新築を楽しみに家を建てたのかと思いきや、最初は違った。この土地にはもともと直子さんのお祖母さんが暮らしていた木造一軒家があった。「古いもの好き」としてはリノベーションして、そのまま暮らしたかったが、耐震診断で最低ランク。基礎から建て直すことになった。
気の進まない新築だったが、古い家の地下にあった防火水槽をワインセラーにする構想が浮上し、俄然やる気に。一方、腐心したのは「作家性と“新築ぽさ”を消すこと」。だから、前の家にあったガラスや照明など昭和の薫りのするプロダクトを隠し味のようにちりばめた。輝彦さんにとって、“新築ぽさ”を消すことは、なくすことではない。自分にとっての心地いい空間を作っていく作業。
翻って、夫婦が団欒するのも部屋の半分、やはりキッチン側だとか。「居心地よくて、こっちばかりで生活してますね(笑)」。家の表情は住まい手の暮らし方で変わっていくもの。ゆえにキッチンをコアにした齊藤家もまた、これからもっと味わい深い箱になっていくはずだ。