存在感を強める公共放送と多様化するメディア。
ラジオを聴く習慣がこれほど日常に定着している国は稀だ。イギリスの公共放送であるBBCといえばニュースで有名だが、国民の10人中7人がBBCラジオを聴いていることをご存じだろうか?そのラジオもここ2、3年で目まぐるしい発展を遂げた。
2018年にミュージック、ラジオ、ポッドキャストを〈BBC SOUNDS〉の名で束ね、よりユーザーの需要を汲んだ多様性のあるコンテンツを展開している。また、オーディオとして“音”を一括りにし、若年層のユーザーを持つSpotify等、自社以外のプラットフォームでもコンテンツを配信。
ラジオ聴取時間が低迷する中でこの歩み寄り戦略が功を奏し、BBCコンテンツの様々なタッチポイントを作ることに成功した。他方、この国特有のBBCラジオへの高依存が、皮肉にも英国企業によるポッドキャスト市場への参入を他国に比べて遅らせたことも事実。
BBCは英国ラジオ聴衆の習慣を守るという大義のもと、今では8万時間強のコンテンツをライブとオンデマンドで配信し、毎週350万人ものリスナーを抱える。さらに昨年アプリを国際化し、国外のリスナーも増やしている。
BBCをクライアントにかかえるポッドキャスト制作会社〈CHALK&BLADE〉によると、昨今、パンデミックの影響によりTV出演機会が減ったタレントと、生活者の在宅時間の増加による需要と供給がマッチし、ポッドキャストはより注目される存在になったらしい。
音声は人間らしい親密さをかもし出し、パーソナリティ(顔)を植え付けやすいツールとして企業のマーケティング戦略にとって柱的存在にもなっている。タブロイド紙で叩かれ続けたハリー&メーガン夫妻もポッドキャストで脚色なしの肉声を届け、ロンドンに本社を構える〈COS〉や〈MR PORTER〉のようなファッション企業も音声を通してブランドに“顔”を投影する。
起業精神によるモダンライフスタイルの追求をテーマとする雑誌『Courier』は、ロックダウンと同時に『Courier Weekly』という起業家のリアルストーリーを一元的に伝えるポッドキャストを始めた。
昨今、BREXIT、BLM運動などで政局は混沌と化し、スピードを追求することで誤報や語弊がある表現を繰り返すニュースメディア。そこで、現代の情勢を正しくメイクセンスしたいと、信頼できるニュースソースが注目を浴びている。
スローメディアとして人気を博す「Tortoise Media」はさまざまな話題を掘り下げて分析し、現場の声を吸い上げ質の高い報道を行う。広告フリーの有料会員サービスで運営し、メンバーとして編集討論に参加できるプラットフォームもウリである。
各新聞社の発行部数が減少する一方、デジタルサブスクリプションの有料購読者数を伸ばし、現在その数は約8万人、その3割程度が30歳以下。若者のニュース離れが囁(ささや)かれる中、学生には無償購読を提供するなど、企業努力も行っている。
エディターのケリ・トマス氏曰く、「メディアへの不信感は募るばかりだ。質の高い分析と結論への過程をどれだけ透明性を持って、オープンに遂行できるかが重要であり、購読者が参加して意見を交換しながら結論を導く。そのモデルが僕らの成功の秘訣だ」。
ジャンルは異なるが、質の追求と多様性という点では、世界中の音楽好きに愛されるインターネットラジオ局〈NTS〉にも共通点がある。インディペンデント精神と音楽ジャンルの幅広さが特徴で、細野晴臣がレジデントに選ばれたことでも話題に。世界のオーディオシーンを牽引し、アルゴリズムにはない折衷主義を推進している。
昨年には、今の時代にフェアでよりサステイナブルなビジネスモデルを追求し、新たに月額制の有料会員サービス「NTS SUPPORTERS」を立ち上げた。順調に会員数を増やしながら、よりシームレスな体験ができる機能やプロジェクトを推し進め、コラボ商品の販売などもより充実させる予定らしい。コミュニティーラジオとして新しいフェーズを迎えている。
今後は、公共放送料と同様にリスナーによる金銭支援を請うことにより、その存在を持続するメディアが増えるだろう。ラジオ世代の高齢者はポッドキャストをラジオの延長ツールとして、Z世代はアプリでオーディオの一部として取り込む。用途は異なるが、オーディオコンテンツの幅と質は更に進化するだろう。