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音声メディア先進国で起きていること〜アメリカ編〜 文・佐久間裕美子

パンデミック以降、さらに発展が急進した音声コンテンツ。ポッドキャストを生んだアメリカはよりバラエティ豊かに、ラジオが定着したイギリスも転機を迎えている。現地在住の2人による、その最前線のルポルタージュ。アメリカ編は、ニューヨーク在住ジャーナリストの佐久間裕美子がお届けする。

Text: Yumiko Sakuma

耳の中に直接届くストーリーの宝庫。

ただ今、アメリカのポッドキャストの人気ランキングのトップを走る『The Apology Line』に夢中である。80年代、危険とスリルに溢れたニューヨークに存在した「謝罪用留守番電話」という社会実験をきっかけに始まった殺人鬼との対話や周辺の人間ドラマ。

はらはらドキドキの展開に、週に1度のアップロードをジリジリと待っている。ポッドキャストが生活の一部になって以来、しょっちゅう覚える感覚だ。ポッドキャスト・ルネッサンスを自分が発見したのは2014年。一度決着したと思われた殺人事件の犯人として服役中の若者の有罪判決に疑問を呈した調査ジャーナリズム番組『Serial』が大ブレイクした。

当時のポッドキャスト界は、まだ既存メディア、特にラジオ局が作るコンテンツが強かったが、その年にラジオ・ジャーナリストがポッドキャスト企業を立ち上げる様子を記録した『Start Up』とともにギムレット・メディアが生まれ、インターネットに起きる現象をテーマとした『Reply All』や犯罪ドキュメンタリー『CRIMETOWN』など、今では長寿番組となったヒット番組を世に送り出した。

既存のメディアにとっては、すでに持つ情報を加工してアウトレットを低コストで追加できるメディアだったし、DIYでも簡単に制作できるポッドキャストは、あっという間にコンテンツの宝庫になった。

過去の未解決事件を追いかけたアマチュア・ジャーナリストのポッドキャストに火がついて、取材の展開とともにホストのサクセスストーリーをリアルタイムで体験する、なんてこともあったし、新聞社が紙面ではベタ記事扱いだった殺人事件をポッドキャスト向けに調理し直して大ヒット作品が生まれたりもした。

気がつけばポッドキャストは生活の一部になっている。朝はコーヒーを淹れながらNPRの『Up First』とザ・ニューヨーク・タイムズ(NYT)の『The Daily』でニュースのおさらいをし、移動する時、家事をする時、ワークアウト中、常に何かを聴いている。

2020年、新型コロナウイルスによるロックダウンが始まった当初は、ニュース番組を聴き漁りながら、NYTの『Sugar Calling』に登場する文豪アリス・ウォーカーやマーガレット・アトウッドの声に慰められた。5月末にブラック・ライブズ・マターが再燃してメインストリーム化してからは、人種やアメリカの歴史にまつわる対話を何百時間聴いたかわからない。

11月に行われた大統領選挙をめぐりありえないドラマが展開するとともに、新たな政治番組が次々と登場した。今は冒頭の『The Apology Line』とタイガー・ウッズのキャリアを再検証する『All-American: Tiger Woods』、白人至上主義のルーツを探る『Slow Burn』を同時進行で聴いている。

世の中はドラマに溢れているし、音で再構築できる史実はいくらでもあるのだ。

耳で消費するメディアはポッドキャストだけじゃない。それ以前から存在したオーディオ・ブック市場は相変わらず好調で、耳で聴ける本の数もプラットフォームの種類も増え続けている。『The Atlantic』や『VANITY FAIR』など12雑誌が加盟するアプリ「Audm」で、ジャーナリズムの長編記事を聴けるようになったと思ったら、NYTが「Audm」を買収した。

新聞だったはずのNYTがポッドキャストを通じて紙・デジタル版のサブスクリプションを増やして絶好調の業績を挙げていることは広く報じられているが、それだけ音のメディアに可能性を見ているのだろう。

ジャーナリズム・スクールに定評のあるコロンビア大学は、オーディオ・ジャーナリズムのプログラムを拡大して、3日間のブートキャンプを含むコースを用意している。

オーディオ・プログラムのディレクター、サリー・ハーシップスに話を聞くと、この数年間の最大の変化は、卒業生が就ける仕事の数が爆発的に増えたこと。オーディオ・メディアの盛り上がりの理由を聞くと「他のメディアに比べて、自分が参加しているような気持ちにさせてくれる親密さがあるから」と分析した。

確かに自分の生活の一部になった理由もそこにある。パンデミックによって人との身体的コネクションが減った今、自分の耳元で真剣な議論が行われたり、生身の人間の声が直接ストーリーを読んでくれる温かい感覚にあるのだろう。