中島佑介
初めて会ったのは2016年。インテリアデザイナーの片山正通さんが、一郎さんを連れてお店に来てくれたんですよね。「2人を会わせたかったんだよ!」って。
山口一郎
僕が覚えているのは、とにかくカルチャーショックを受けたこと。本の見方が変わりました。それまで、本の価値は書かれている内容にあると思っていたのですが、装丁にも造本にも紙の感触にも意味があり、作者の「考え方」がこもっているんだ、と。それはもう、僕にとってまったく初めての概念で。
中島
作者の考え方がこもっている、つまり、本全体で作家性を表現していることが、アーティストの作品集や図録、ZINEも含めた「アートブック」の大きな特徴だと思うんです。情報メディアとしてはウェブの方が断然速い。
でも、それとは違う価値……例えば印刷の美しさや、本をめくることで際立つレイアウトなど、ものとしての説得力を持つアートブックが増えている感触もありますね。
山口
だからなのかな、店に来て本を手に取って、触ったりページをめくったりしながら選ぶ行為に、大きな意味がある気がするんです。
中島
そうです、そうです。三次元的な読書体験を伴うからこそ、記録されているもの以上の世界が広がる。それも僕が思うアートブックの定義。
山口
不思議なのは、同じ本をインターネットで見つけたり、初めての本屋で見てパラパラ眺めたりしたとしても、感動しないんだろうなと思えること。中島さんの説明があって初めて、自分が知らなかった考え方やものの価値を知れるというか、自分の価値観を壊してもらえるのが楽しくて通っているんだと思います。
中島
書店ってあまり接客しない業種だと思いますが、僕は接客が好き。だから「本を出版社くくりで紹介する」という、来てくれた方がちょっと解説を聞いてみたくなる設定にしていますし、説明したりプラスアルファの情報を伝えたりすることで、相手の価値観やものの捉え方が変わることにワクワクするんです。
中島
実は一郎さんが来たら見せようと思っていた本があるんです。昔のレコードジャケットに、無名のアーティストが手を加えて好き勝手にカスタマイズしてて……。
山口
何これ、めっちゃ面白い!
中島
でしょ?ほかのページも有名なポートレートに眉毛や鼻毛を描き足すとか、もはや教科書の落書き。
山口
こういう時の中島さん、僕が中学時代に通っていたレコード屋の店長に似てるんですよ。店に行くと、「いいのが入ったんだよー」ってうれしそうに見せてくれる感じがね。
本を介せばどんな世界にも触れることができる
中島
店に来てくれるようになる前からアートは好きだったんですか。
山口
興味はあったけれど、手を伸ばしても届かない難しいものという存在だったと思う。コンテクストを知らずに受け入れていいのか、自分が感じたものは正解なのかという恐怖があって。でも「作家の考え方を知ることで作品もわかってくる」という見方を教わったことで、アートがぐっと親しい存在になったんです。
中島
たぶん正解はないし、勘違いも正解だと思います。僕は常々、おいしいものを食べるのと同じようにアートを見るという感覚が根づいたらいいと思っていて。本はその媒介になれると信じているし、そもそもこの店を始めたのも、「本があれば、ファッションでも写真でも音楽でも、興味の対象すべてに触れられる」と思ったからなんです。
山口
〈POST〉の本は、だから、いろんな世界に繋げてくれるんですね。僕は歌詞を書くのに行き詰まった時、中島さんが選んでくれた本を一冊ずつ開いてヒントを探したりします。本からコンセプトをインプットし、音楽としてアウトプットするんです。
中島
僕は、その一郎さんの歌詞を聴くようになって、言葉に関する価値観が大きく変わりました。言葉は記号でも意味だけでもなく、その周辺に漂っている、言葉になっていない感情や事象をも含むことができる、と。そういえば、一郎さんが音楽を始めたきっかけは文学でしたよね。
山口
小学校5、6年の頃、月に1回、父親と量り売りの古本を買いに行ってたんです。それぞれが段ボール1箱分の本を選び、自分の分を読み終えたら交換して読むということを続けていました。特に好きだったのは現代詩。その美しい言葉が放つものに辿り着きたくて自分でも書くようになり、そのうち、言葉に音楽がつくと伝わり方が変わるんだと気づいたのが始まりです。
中島
で、その後も書き続けた言葉が山口さんのブログに残っていて。
山口
言葉をまとめた本を作ることになり、中島さんに相談しました。
中島
さっきの「アートブックは作家の表現」という文脈で、初版は活版印刷を提案したんです。活版は文字だけでなく周辺の余白も使う印刷方法なので、言葉に対する一郎さんの考え方を表せる気がして。
山口
ただの音楽好きな兄ちゃんが本を作るなんて恐れ多いことですが、でも、自分の言葉がフィジカルな形で残っていくのはやっぱりうれしい。こういうオフライン時代の感動の仕方を、オンライン世代に伝えることも僕たちの役目なのかなと思います。
中島
僕は2015年から『TOKYO ART BOOK FAIR』のディレクターもしているのですが、会場にいると、SNSネイティブ世代が紙の本を新しいものとして楽しんでいることを感じるんですよ。彼らは発信したものが自分たちの知らない遠くまで広がることに慣れていて、だからこそ「自費出版で限定100部」みたいなオフラインの本が、自分で把握できる範囲にだけ届くことをすごく新鮮に捉えている。面白いですよね。
いいものは必ず残ることを本は信じさせてくれる
山口
最近、音楽のサブスクリプションシステムと、本の在り方が似てるなって感じているんです。
中島
どういうことですか?
山口
今までは、1日に、あるいは1週間にどれだけ売れたかが評価されて歴史になっていた。でもそれがサブスクリプションによって、「どれだけ長く売れるか」という考え方にシフトしてきている。即時的に大量に売れなくても、濃く長く支持されるものを作っていける時代が来たんじゃないかと思うんです。
中島
人の手元に長く残ることが価値となるのは、本もそうですね。いい本は時間を超えられる。揺るぎない強さがある。誇張でもなんでもなく、僕は本を信用しています。
山口
〈POST〉に出会って僕が一番変わったのは、自分の中に「本当にいいもの」への憧れが生まれたことかもしれません。流行り廃りの中で生きているから、数字を追いかけて比較したり嫉妬したりもしてしまうんだけど、本当にいいアートや本はそうじゃない。きちんとコンテクストを持ったうえで、時代に爪痕を残している。
僕も、目に見えず手でも触れない音楽というものに、どれだけの文脈や背景を注ぎ込めるかを、切実に考えるようになった気がします。5年後10年後にも評価されるものを作る。そう自分に言い聞かせる時、「本当にいいものは必ず残る」と信じさせてくれる本という存在が、大きな支えになっているんです。
中島
……店を続けてきてよかった。
山口
ここがなくなったら本当に困る。大好きで大切な場所ですね。
〈POST〉オーナー・中島佑介のSELLING POINTS
● 接客を大事にする店主が本の新たな見方を教えてくれる。
● 一つの出版社に絞る棚で、より深くユニークな選書に。
● 本は定期的に総入れ替え。常にフレッシュな発見がある。