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橋本愛さんが、珈琲とチョコレートの奥行きを味わうショップと喫茶店〈蕪木〉

東京・蔵前。個人で営む小さな工房が立ち並ぶものづくりの町に、〈蕪木〉はある。店主、蕪木祐介さんが、目指す味と香りを再現するために、手間をいとわず、愛着ある原料を使って、カカオ豆からチョコレートを作り、珈琲豆を焙煎し、それらを味わう喫茶室を営んでいる。「喫茶店は、休みの日に足を運ぶ、かけがえのない空間」という女優の橋本愛さんだが、チョコレート作りや焙煎風景を目にするのは初めてのこと。この日は、蕪木さんの案内で、1階の工房で、香りと味を確かめながら、チョコレート作りの工程などを目にして、2階の喫茶室へ。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Yuko Saito / styling: Naomi Shimizu / hair&make: Yumi Narai

蕪木祐介

橋本さんは、どんな時に喫茶店で珈琲を飲むのですか。

橋本愛

“陰”の気分の時に行くことが多いですね。“陽”のエネルギーを欲するのではなくて、“陰”の気を満たしてもらいに行くというか。珈琲は、気持ちが沈み込むことを許してくれるような気がするので。

蕪木

まったく同じです。私も、弱っている時にはいつも喫茶店に逃げ込んで、一杯の珈琲に救われてきました。だから、この店では、深煎りの、まさに沈み込めるような味わいの珈琲を多くご用意しています。

橋本

(蕪木さんが珈琲を淹れている様子を眺めながら)なんだかお茶の作法を見ているようで、見入ってしまいます。ものすごくゆっくり、丁寧に淹れるんですね。

店主の蕪木祐介さん
スタッフは黒子でいいと、いつもダークな色合いの服でカウンターに立っている蕪木さん。

蕪木

今は少なくなりましたけれど、昔はこのようにネルドリップで淹れる珈琲屋さんが多かったのです。

橋本

なんだか、優しい。濃く、深いんですけれど、皆既日食の光みたいに包み込んでくれるような優しさ、まろやかさを感じます。先ほど、焙煎されていない生豆から見せていただいただけに、こうして目の前にやってくると余計に感動します。

珈琲と同じように、香りを味わうチョコレート

店主の蕪木祐介さんと橋本愛さん

蕪木

「撫子」と「グラン・クヴァ」というチョコレートを味わっていただければと思います。

橋本

カカオ分何%ですか。

蕪木

どちらも70%で、カカオと砂糖が主成分で配合もほとんど変わりません。でも、同じカカオ豆を使えば同じ味になるかといえば、そうではなくて、作り方次第で表情が変わります。「撫子」はクリーミーで華やか、「グラン・クヴァ」は、力強くスパイシーな印象を受けると思います。口に含んで、舌の上でゆっくり溶かすと、さまざまな香りの移ろいを感じていただけるかと思います。

橋本

(チョコレートを口に含んで)今、溶かしている“旅路”の途中ですけれど、すごい!旅路にいろいろな顔や、香りが出てきますね。「グラン・クヴァ」は、ブルーチーズのような香りに出会えました。

蕪木

普段、チョコレートひとかけを、こんなふうにゆっくりと味わうことなんて、めったにないですよね。ここではチョコレートも、珈琲やお酒と同じように、香りをゆっくりと楽しんでほしいんです。

橋本

まさに、私が求めているチョコレートです!シンプルだけど、解像度が高いというか、繊細で体に染み入るようなピュアな板チョコレートが大好きなので。

蕪木

よかったです。実は、最初は、こんなシンプルなチョコレートを皆さんに召し上がっていただけるのか、心配でした。

橋本

えっ、ほんとですか?

蕪木

ボンボンショコラやチョコレートケーキのように、いろいろな材料を組み合わせていくと、味わいは華やかになるんですが、そうすると、ポジティブでハレの食べ物になってしまうんですね。でも、私が作りたいのは、珈琲と同じように、気分が沈んでいる時にもちょっと口にしてみようかなと思えるチョコレートだったのです。

橋本

(メニューを開いて)あ、ホットチョコレートもあるんですね!

蕪木

ぜひ、味わってみてください。私は、板チョコレートを作る際は、雑味を飛ばして、円みのある味わいを表現するのに対して、ホットチョコレートには、牛乳が入ってもしっかり香りを感じていただけるような、力強い香りを残したチョコレートを使っています。

ホットチョコレートの調理風景
ホットチョコレートは、京都の職人に作ってもらっている特注の銅のミルクパンで作る。

橋本

なんだかすごく愛おしい色!黒っぽくないですね。

蕪木

ココアを使うと黒っぽくなることもありますが、チョコレートは本来、赤みがかっているものが多いです。

橋本

今まで飲んできたホットチョコレートと全然違う!チョコレートに酸味があるというのを初めて知りましたけれど、その酸味があるせいか、後味がキリッとしていて、重たくない。これは心がほぐれますね。

橋本愛さん
胃が重くなってしまいがちだというホットチョコレートも、慈しむように「あ~、おいしい」と橋本さん。

蕪木

男性女性問わず、お楽しみいただいています。

橋本

珈琲もチョコレートも、工程を拝見してからいただいて、改めて、過程を知るって、本当に大事なことなんだと痛感しています。役作りにしてもそうなんですが、具体的な景色が見えているだけで、受け取り方がまったく違ってきます。

蕪木

今日見ていただいた工程も、実は最後の過程にすぎません。珈琲豆もカカオ豆も、工業的に作られたものではなく、遠い国で作られている農産物です。

僕は、前者は主にエチオピアやケニア、インドネシアから、後者はベトナムや中南米からのものを使っているんですが、そこには収穫して、カカオ豆なら殻を割って、発酵させて……という、そこで暮らしている人の、多くの手仕事を介していて、僕たちはそのバトンをもらって、加工している。

もちろん、生産者を知らなくても豆を仕入れて加工することはできますが、原料のこと、彼らの仕事を理解して作ることで、その風を伝えたいという気持ちも湧きますし、重みも変わってくるのかもしれません。

橋本

それはすごく感じました。

蕪木

だから、材料も、本当に愛着がある生産者のものを使っています。農作物ですから、毎年香りが異なりますし、思った出来ではない年もありますが、そういう時こそ、自分たちの知恵と技術でおいしいものを作らなければと思っています。

見えない時間と手間暇がチョコの表情を豊かにする

橋本

工房では、砂糖の粒子を細かくして滑らかさを出すための工程も拝見しましたけれど、でも、それもほんの一部分で。その間には、もっともっとたくさんの工程があるわけですよね。そういう見えない時間や計り知れない手間が、このチョコレートに結実していることがわかって、ちょっと涙が出そうです。

蕪木

技術というより、まさに手間暇です。一粒一粒豆を選別するなど、大変で地味な作業ばかりですが、実はそういうことこそが大切な工程なのだと思います。それはどんな仕事も一緒ですよね。

橋本

ほんとにそうです。珈琲もチョコレートも、自分の表現と通じる部分がすごくあって、見えない時間にかけた手間暇が、いかに表情豊かな肉付けになるかということがわかって、今日は勇気をもらいましたし、大変なことをもっと頑張ろう、と。

蕪木

私たちの仕事は、原料を珈琲やチョコレートの形に変化させるだけではありますが、熱のかけ方、空気の流し方でも細かい風味の印象が変わります。機械の効率性、再現性には敵わなくとも、細かい部分を肌で感じ、神経を張りながら作ることで生まれるおいしさがあると信じています。

橋本

ほんとにそうだと思います。私は、もともと“手当て”という言葉、人間の手が人間に与える力というものを信じていて、自分自身もそういう感覚を経験しているので、こうやって人の手で手間暇かけて作られたチョコレートや珈琲だからこそ、体に染み渡っていくような感覚があるのかなと、お話を伺っていて思いました。

蕪木

ただ手を動かせばいいってものじゃないことはわかっているんですけれど、でも、そういうところに自分の役割があるのかなぁ、と。

橋本

音符の休止符って、止まってはいるんですけれど、音楽は続いていて、その休みがあるからこそ、次の音楽につなげられるんですよね。今日は、ここで、そんな“休止符”をいただいた気分になりました。

店主の蕪木祐介さん
古い真空管アンプ内蔵のモノラルスピーカーからLPレコードの音がさざ波のように薄く流れてくる。
店主の蕪木祐介さんと橋本愛さん
古木の扉を開けると、チョコレートのショーケース。橋本さんは「グラン・クヴァ」(1,300円)と味わえなかった「チュアオ」(1,400円)のタブレット2種を大切に携え、店を後にした。
ミニドレス649,000円、シューズ143,000円*共に予定価格(セリーヌ バイ エディ・スリマン/セリーヌジャパンTEL:03-5414-1401)、ほかはスタイリスト私物

SELLING POINTS
●  大手メーカーで研鑽を積んだ店主のチョコレート。
●  深煎りで体に染み渡る、奥行きのあるブレンド珈琲。
●  珈琲とチョコレートを味わい、沈み込める喫茶空間。