ものを書くこと、生活をすることの、苦しさと光。小原晩が辿り着いたもう一つの場所

2026年3月に発売された、小原晩さんによる初の小説集『風を飼う方法』。累計5万部を突破したエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』から時を経て、小説という新たな表現へ辿り着いた小原晩さん。エッセイとは異なる距離感で書かれた物語は、どのように生まれたのだろうか。

photo: Jun Nakagawa / text: Kohei Hara

「エッセイを書くときに大事にしているのは、自分の思い出とか経験に対して一定の距離を保つことで。でも、小説のときは底の方に深くタッチすることもあれば、まったく違うところを見ることもあって、運動がある。だから一定の距離ではないんですよね。今回書いた4つでもそれぞれに書き方が違う。

1つ目の『けだるいわあ』の場合は“いつかさようならが来ても大丈夫だって思えるものを書きたいな”と思って書いて。そうした“向き”を決めて書き始めることが自分の中では珍しかったです。エッセイは実体験に基づいていて、足し算をすることはなくむしろ引き算をして、いくつかの記憶とか日にちをコラージュするような感じで書くこともある。一方で小説では、書きながら自分の無意識のゾーンや、自分で経験していないはずの確かなものに触れる感覚がありました」

小原 晩
小原晩

自分で経験したわけではないけれど、確かにある。そう思えるものはどのようにして書かれるのだろうか。

「生活の中でいい風景や場面を見たときに、なんとなく頭に残って、いつか書きたいなと思うことがある。でもそれをエッセイよりは小説の形で残してみたいときがあって。なぜそう思ったのかわからないまま書き始めて、途中で止まる瞬間が訪れるんです。それで、なんでこの人はここにいるんだろう、こういうことを言うんだろうみたいなことを考える。そこから自分の無意識の部分や記憶とか感情を連れてきて、なるほど、このことを書くためだったのかってわかることがあって。

表題作も、最初から書きたいことがあったわけではなく、書き始めたら避けようがなくこうなったんですよね。思い出したくもないこと、言いたくもないようなことにタッチしないと形作れなかったし、これを書かずして先に進めないよなっていう実感があった。だからしんどかったけど、書き終わったときはなんか泣いちゃいそうな感じでした」

累計5万部を突破したエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』から、時を経て、小説という新たな場所へ辿り着いた小原さん。別れや寂しさとともに生きながら、かすかな光を見つけて歩き、また部屋に帰る。4つの物語は、彼女が書くエッセイと同じく生活そのもののような気だるさや気づきで満ちている。

『風を飼う方法』、『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』
『風を飼う方法』(左)
吹かれたいときに吹いてくれる風のないことには心おぼえがある。百子は黙って、窓を閉める。中編の表題作と3本の短編が描き出す、人生の物憂さと微光。希望の作家、小原晩の初小説集。河出書房新社/1,650円。

『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』(右)
せわしない日々からこぼれていく感情をユーモアたっぷりにすくい上げた、東京での生活を中心とした心がほぐれるエッセイ集。1万部を突破した私家版から17編を加えて2024年に商業出版された。実業之日本社/1,760円。

「歩くことも食べることも落ち込むことも生活の一部であって、私はそうした生活の中にある物語に惹かれます。あと、幸せなことよりも、苦しみとか悲しみの方が長引くなと思うことがあって。でも暗いところにいるときって、ちょっと画鋲(がびょう)で穴を開けたところから光が入ってきたら、その小ささとか関係なく“光だ!”って敏感になれるんですよね。むしろ光が見えやすいような感じすらある。そんなことに興味があります。

『風を飼う方法』という新しい本を出すためには少し時間がかかりました。筆が遅いというのもあるんですけど……初出からだいぶ加筆修正した部分があるし、ものとしてのまとまりの良さやバランスをとても考えたので、このくらいの時間が必要だった。私自身、落ち込んだ状態でずっと過ごしてきて、でも書きたいなと思って少しずつ向き合って、心が壊れきらないままこうやって書き終えられた。納得いくものが出来上がって、すごく幸せだなと思います。書くことで生きていけるのであれば、生きていきたい。書いているときの苦しさもうれしさも、信じてるから」

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