詩と小説、川柳とエッセイの間で、言葉を編んでいく
井戸川射子
初めて暮田さんの言葉に触れたのは『はじめまして現代川柳』。川柳が素晴らしいから暮田さん自身ももっと自信満々でもおかしくないのに、エッセイには不安定な自分について書かれていた。文体にも浮遊感がありその不思議なバランスに惹かれました。
暮田真名
私は井戸川さんの第1詩集『する、されるユートピア』の私家版を本屋で見つけて。新作の『私的応答』は小学1年生で経験された阪神・淡路大震災について触れた小説ですが、そこでの言葉の紡ぎ方も、流行り廃りではないところに言葉を置いている感じがしました。
川柳はネットミームなど時代の潮流を意識した言葉が入り込みやすいのですが、井戸川さんの言葉はいい意味で時代性を感じさせず、古びない感じがします。

2026年1月29日刊行、井戸川射子による長編小説。1995年、母と娘、その子供の3人で暮らす家を襲った地震。震災から時を経ても忘れがたい経験や不可分な家族関係を「忘れる」でなく「許す」ということを、母娘の視点で紡ぐ。講談社/2,200円。
井戸川
一般的に小説は詩よりも、時代を記録するものとして新しい言葉が盛り込まれますね。『私的応答』は新しい言葉ではないのですが、全編関西弁の語りで書いています。地域によっては意味が伝わり切らない文章だと思いながら、それでも教科書には載っていない言葉というか、自分により近い表現で書きたい気持ちがありました。
震災後、被害が小さかった私の些細な経験を伝えることの意味をずっと考えていたのですが、世界文学の棚にはあらゆる“経験”が置かれているように、私も私のことを言葉にしてみないともっと大きなことを書けないと思って。
暮田
作品を読み進めながら、やっぱり私は井戸川さんの詩と小説の言葉の違いにどうしても意識が向きました。
井戸川
どう違いましたか?
暮田
印象的だったのは、最後にある「刺繡のような街を眺めて」という娘視点の言葉。詩であればこのまま放り出されて読者に想像が委ねられると思うのですが、小説だと比喩が物語の中で積み重なることで読み込みが深くなる。
祖母が衣服に刺繡をしていたこと、堅牢なビル群が地震によって崩れることが刺繡のほどける特性とつながって、ラストに向かって「刺繡」という言葉の意味をより深く捉えられました。
井戸川
暮田さんの『死んでいるのに、おしゃべりしている!』を読んで、エッセイは深く自分の心や存在に、意識が立ち返るような葛藤がないと書けないものだと思いました。私は子供時代に強い自我がなかったので、エッセイは鮮明に書けないなと。暮田さんは幼い頃から考える力があったんですね。

2025年9月10日刊行、川柳人・暮田真名による初のエッセイ集。進学校ですり切れ、人間関係もうまく築けない。虚弱な自分を救い出したアナーキーで自由な川柳と自身の体験を綴った回復記。柏書房/1,760円。
暮田
でも私も川柳人になりようやく自我が生まれ、ものを書くようになって語りが生まれました。それ以前は、日々つらいけれど根源がずっとわからない状態でした。
また、自分にエッセイは書けないと思っていましたが「素敵な生活=エッセイ」というイメージは視野が狭いと指摘され、自分の書けるものを書いていこうと本作で思い直したんです。
井戸川
小説を書くようになって、一度スランプがありました。それは、状況説明のために書く文章が駄文を生み出しているなあと、しんどかったから。それなら、詩のように一文一文、自分が本当に書きたいこと、グッとくるものを連ねて小説にしたらいいのではないかと思い立ったんです。なので、今は好きな一文しか書いていません。
そうなると今度は、詩とは何か、という問いにぶつかる。好きな一文が連なるものが詩だったのに、小説でやってしまっているからです。詩と小説の間で悩みながらも、その違いは自分で決めることであって、作品で見せていくしかないのかなと思います。
暮田
私の場合は、エッセイはおしゃべりに近い自然体な言葉で、川柳は完全な創作という違いがあります。ただ、川柳の理想が高くなりすぎてしまい、ハードルを下げるため今は1日3句作ると決めて練習しています。それまでは、一日中考えても一句もできないことが日常茶飯事だったので……。
井戸川
そうなりますよね。私も詩集は、人生をかけて1冊作るペースでもいいなと思うくらい理想が高いです。
暮田
私自身「川柳はもっとすごいもの」だと思っていて、世間が驚愕する一句を生み出したい。一生をかけて言葉を模索していくのだと思います。